第24話

『いやああぁぁぁぁ!!』

「え、何があったのかしら?」

「さ、さぁ……」


 春太君の気遣いで冬花と二人っきりなったのはいいけど、気まずい。

 どうやって切り出せばいいのか。


「そういえば、月夜も帰りが遅かったようだけど」

「帰りに買い物をしていたもので」

「ふーん……」


 会話が続かない。

 無言のまま時間だけが過ぎていく。


「お嬢様、喉は乾いていないでしょうか? お持ちいたしますが」

「さっき美鈴からもらったから大丈夫ですよ」

「そ、そうですか」


 また沈黙の時間がやってくる。

 いつもどうやって話していたのだろう。

 こんなにも沈黙が辛いと感じたことはなかった。


「月夜は大丈夫?」

「大丈夫とは?」

「貴方は春太のこと苦手みたいだから、一緒に働いていた辛くなってないかしら」


 そう声をかけてくれる冬花。

 そういえば、小さい頃から内気な私のことを気遣ってくれたっけ。


「いえ、問題ありません。それに、私と彼がお互い勘違いしていたことも分かりましたので」


 そうだ。春太君は私なんかのためにここまで行動に移してくれたんだ。

 それなのに、私本人がここで足踏みしてどうするのだろう。


「お嬢様、お願いがあります」

「な、何よ」

「今から行うご無礼をお許しください」


 私は一言断りを入れ、冬花を抱きしめた。


「ちょ、ちょっと月夜!? 急にどうしたの!?」

「ありがとう……冬花」

「……今、私の名前を」


 ゆっくりと離れた私の顔を見て冬花は驚いている。

 きっと私の顔が涙でぐしゃぐしゃになっているからだろう。

 でも、今まで押さえていた感情が漏れてしまえば、もう抑えることはできない。


「冬花のおかげで、私、何不自由なく暮らせてる。冬花のおかげで、私は生きてる。だから、冬花に一生恩返ししなきゃと思って。だから、メイドとして一生冬花を支えるって……でも、今日春太君と話して気がついたの、私はやっぱり、冬花と友達でいたい。返しきれない程の恩を受けておいて、こんなこと願っちゃいけないと思ってるけど、それでも」

「バカ! 今更何言ってるのよ」


 ……そうだよね。こんなこと都合が良すぎる。

 拒絶されたと思い、離れようとしたが、その前に冬花が私を抱きしめた。


「月夜は、わがままで身勝手な私なんか、友達とは思ってないと思ってた」

「そんなはずない! 冬花は私の一番だよ! かけがえのない……友達、だよ」

「だったら、今更遠慮するようなこと言わないでよ。私は恩を着せるために貴方をメイドにしたわけじゃないの。友達だから、助けたかったのよ」

「冬花……ありがとう、私をずっと友達と思っててくれて、ありがとう」


 私と冬花は幼い子供のようにわんわん泣いた。

 ここまで泣くなんていつぶりだろう。

 この五年間の思いを全て吐き出すかのように泣き続けた。

 お互いが泣き止むのに、十分程ぐらいだろうか。

 名残惜しみながら、私達は離れる。


「こんなに泣いたのは久しぶりね」

「冬花が高い木から降りられなくなった時が最後じゃない?」

「よ、よく覚えてるわね」

「ふふっ、冬花との思い出だからね」

「……やっぱり、眉間に皺を寄せるよりも、月夜は笑っている姿が素敵よ」


 急に褒められ、恥ずかしくて顔を手で覆う。


「恥ずかしくなるから、そういう言い方はやめてよ」

「あら、恥ずかしい過去を言われたお返しよ」


 お互い笑みをこぼす。

 また冬花とこうやって話せる日がやってくるなんて、夢にも思わなかった。

 春太君には感謝しないと。


「春太君って不思議な人だね。私と冬花のために色々動いてくれてたみたいだし。そう考えると、行動力のある人とも言えるのかも」

「ああいうのをお節介っていうのよ。私には何も言わずに行動するのよ? 使用人としての自覚ないわよ」


 文句を言っているのに、冬花は嬉しそうだ。


「でも、他人のために行動してくれる人なんてそうそういないよ。とても素敵な人だと私は思うよ」


 と、彼の評価を伝えると、突然肩を掴まれる。


「つ、月夜。考え直しなさい。行動力はあるかもしれないけど、デリカシーのかけらもないんだから。あんな奴を威勢として見るのは間違ってるわ」


 何か勘違いをして、妙に焦っている。


「人として素敵だと思っただけで、別に異性どうのこうのって話ではないんだけど」

「そ……そうよね! 春太を異性として見てるわけないわよね! うん、私何勘違いしてんたんだろ!」


 ……ほーん、ふーん、へー、これはこれは、なろほどねー。

 春太君という存在のおかげで、これから冬花の面白いところが見れそうだ。


「な、何その目は?」

「別になんでもないよー。それじゃあっと」


 私はメイド服を整え、背筋を伸ばす。


「食事の用意ができているか、確認して参ります」

「別に、私達の仲なんだから、敬語じゃなくても」

「いえ、業務中なので」


 残念そうな顔が可愛らしいけど、あまりいじめるのも可哀想ね。


「ですが、今後はちゃんと食事中や休憩中は権利を行使して、対等な立場をとらせていただきます」

「え、えぇ! もちろん構わないわ!」


 子供みたいに喜んじゃって。

 でも、私以外友達いないから仕方ないっか。

 そんなことを思いながら、私は軽い足取りで調理場へと歩いていく。

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