第23話

 外はすっかり日が落ち、部屋の中も真っ暗になったところで、部屋の扉が開く。

 美鈴さんが食事を持ってきたのだろうと、扉に目を向けるが、そこに立っていたのは月夜さんだった。


「なんで月夜さんが」

「美鈴さんに頼まれました。お嬢様が起きたらこれを食べさせてください。私はこれで失礼します」

「何も思わないんですか?」


 俺の問いに月夜さんは足を止める。


「なんのことでしょうか」

「白波のことですよ」

「心配に決まっています。私が仕えるお嬢様なのですから」

「そうですか……月夜さん、さっき白波が言っていたんですが、白波には友人がいたそうなんです。月夜さんはその人のことを知っていますか?」

「……いいえ、知りません。私がメイドとしてここで働き始めてからそういったご友人がいたという話は聞いたことがありません」

「そうですか……すいません、急に変な質問してしまって」

「いえ……ではこれで」


 月夜さんが扉を閉める。

 その音で起きた白波が上体を起こす。


「今、誰かいたの?」

「月夜さんですよ。食事を持ってきてくれたんだ」

「そう……明かりをつけてくれるかしら」


 部屋の電気をつけ、月夜さんが持ってきたおじやを白波に渡した。


「……あんまり味がわかんないわね」

「病気なんてそんなもんだよ。でも、体力つけるためにも全部食べろよ」

「わかってるわよ」


 おじやを平らげ、薬を飲んだ白波は再びベッドに横たわる。


「だいぶ楽になったし、もう戻っていいわよ」

「いいのか?」

「えぇ。それに明日も貴方は学校があるでしょうが。私は休むけど、ちゃんと遅刻せず行くのよ」

「わかったよ。じゃ、おやすみ」

「おやすみなさい」


 電気を消し、俺は部屋を出た。



 翌日、微熱程度だったが、大事をとって白波は学校を休むことに。


「今日はお嬢様は休みなのか?」

「ちょっと熱でな」

「なら今日は騒がしくならなそうだな。お前も嬉しいだろ?」

「まぁ……そうだな」


 以前の俺だったら、間違いなく喜んでいたはずなのに、今はこの空席のように俺の心にぽっかりと穴が開いてしまっている。

 それは一日中続いてしまった。


「おい、春太。帰らないのか?」


 部活に向かう準備をしている朔弥の声でようやく俺は今日の授業が全て終わっていることに気がついた。


「ずーっと上の空だったけど、何かあったのか?」

「別に」


 俺はおもむろにスマホを取り出す。

 そして検索欄に「水蓮女子高校 行き方」と入力。

 紫陽花高校から水蓮女子高校までの行き方が表示される。

 最寄駅から二駅先か。

 今から行けば、もしかしたら……


「お前! 今から水蓮女子に行くのか!? ナンパなら俺も付き合うぞ!」

「お前は今から部活だろうが。それにナンパじゃないっての!」


 俺は荷物を持って、急いで最寄駅へ行き、二つ先の駅で降りる。

 ちょうど水蓮女子高校の生徒達の集団と出くわす。

 その中に見覚えのある顔が一人で歩いていた。


「月夜さん!」


 俺は月夜さんに近寄ると、周りの女子生徒達がヒソヒソと話を始める。


「春太さん!? な、なんで貴方がここに」

「少しだけ話がしたかったんです」

「話なら、帰ってからでも」

「二人で話したいんです」


 周りからは何故か黄色い声が上がる。

 居心地が悪そうな月夜さんは俺の手を引いて、建物の陰に連れていく。


「どういうつもりかしら、わざわざこんなところまで来て待ち伏せするなんて」

「すいません。ですが、俺個人として月夜さんと話したかったんです」

「意味がわからないわ。貴方に付き合ってたら業務に遅れるわ」

「それなら心配ありません。美鈴さんに話は通してありますし、遅くなることも了承してもらってます」

「だからといった、私が貴方に付き合う必要はないです」


 先に帰ろうと、駅に向かおうとする月夜さんの背中に声を放つ。


「白波が言っていた友達って、月夜さんのことですよね!」


 その言葉に月夜さんは動揺した様子で振り返る。


「なんで貴方が」

「少しは俺の話を聞きたくなったんじゃないですか?」


 苦虫を噛み潰した表情を浮かべながら、俺を引き連れて近くの喫茶店に入店した。


「どうして貴方がそれを知ってるの。いえ、言うとすれば美鈴さんね。通りで貴方と私が一緒に仕事をする機会が増えたと思ったわ。貴方どこまで知っているの?」

「月夜さんが元は白波家と肩を並べるほどの財閥のお嬢様で、小さい頃から白波とは交流があって、まるで姉妹かのように仲が良かったですが、投資の失敗と経営が傾いたことが重なって、夜逃げ同然で両親が行方をくらまし、残された月夜さんがメイドとして白波家が引き取られたんですよね」

「全部知ってるってわけね。それで、私と何を話したいのかしら」

「あらためて聞かせてください。白波が熱で苦しんでる時、何も思わなかったんですか?」


 昨日と同じ質問に呆れてため息を漏らす。


「昨日も言いましたが、私が仕える──」

「俺は白波の友人の月夜さんに聞いているんです」


 月夜さんは言葉を詰まらせ、視線を下に落とす。


「私はお嬢様の友人ではありませので」

「なんでそんな否定をするですか? 二人は友人だったことは間違いないんでしょ? それとも、白波のことはどうでもいいと?」

「そんなことない!」


 月夜さんの怒鳴り声が喫茶店内に響く。


「失礼しました。ですが、メイドとして、お嬢様が心配なので、どうでもいいということはありません」

「それは本心じゃないですよね」

「何を根拠にそんなことが言えるんですか」


 俺は視線を月夜さんの鞄に向ける。

 急いでいたのか、鞄からレモン味の飴の大袋が顔を出していた。


「じゃあなんでレモン味の飴を買ってるんですか?」

「こ、これは別に」

「昔白波が熱を出した時に、励ますために同じ飴渡したんですよね。そんなことを覚えるほど、白波のことを思ってる。そんな人が友人じゃないなんて、おかしいですよ」

「貴方に何がわかるのよ。会社が潰れて、お父さんにもお母さんにも置いてかれて、一人でいた私を冬花が助けてくれた。それだけでも返しきれない恩を受けたのに、今まで通り冬花の友人でいたいなんて都合が良すぎるのよ」

「でも、白波はそれを望んでるんですよ。白波は言ってましたよ、また昔みたいに話したいって」

「冬花が……本当に?」


 ポロポロと涙を流していく。

 ようやく月夜さんの本心が見えてきた。


「いいの? メイドの私がまた冬花の友達になって、いいの?」

「それは俺じゃなくて、直接本人に聞いてください」

「そうね。そうするわ」


 月夜さんは袖で涙を拭う。


「春太君はお節介ですね。どうして、ここまでするんですか?」

「俺と月夜さんが似てると思ったからです。俺、中学卒業前に両親を亡くなったんです。それで高校に入ってからは一人暮らしで。でも、働いていたバイト先をクビになって、必死で探している最中に白波に雇ってもらったんですよ」


 実際は拉致されて流れで雇われることになったけど。


「だから、月夜さんと同じで白波のおかげで助かってるんです。じゃなきゃ、両親が俺のために残してくれたお金に手を出さなければいけなかったですから」

「そうだったんですね。そうとは知らず、今まで失礼なことを言ってしまいましたね」

「いいんですよ。俺だって何も知らずに決めつけて、酷いことを言ってしまったんですから」


 ようやく月夜さんと打ち解けられ、一安心するこが、そこに一本の電話がかかってくる。

 スマホを確認すると、そこには「白波」と表示されていた。

 恐る恐るスマホを耳にあてがう。


「もしもし」

「いつまでほっつき歩いてるのよ!」


 スマホ越しからの甲高い声にたまらず耳からスマホを遠ざけた。


「おいおい、病人がそんな大声出していいのかよ」

「おかげさまで、大分熱は下がったわ。念の為に病院にも行ったけど、問題はないって」

「そりゃ残念だ。せっかく白波のいない学校生活を満喫してたのに」

「あら? むしろ寂しかったんじゃないの? 美少女の私に話しかけてもらえなかったから」


 どうやら完全復活したらしい。

 でなきゃここまで調子に乗れるわけがない。


「それよりも早く帰ってきなさいよ!」

「美鈴さんには遅れることを伝えたはずなんだけど」

「聞いたわ! 聞いた上でさっさと帰ってきなさい! これは命令だから!」


 俺の返答を聞く前に切られてしまった。

 わがままお嬢様が復活したことを喜んでいいのやら嘆けばいいのやら。


「月夜さん、白波は小さい頃からこんなにも自意識過剰のナルシストだったんですか?」

「残念ながら、そうです」


 そう言って苦笑いを浮かべる。

 お嬢様の命令だからしょうがない。

 それに目的は達成したんだ。

 後は本人達に任せるとしよう。


「それじゃあ、帰りますか?」

「そうですね」


 俺達は白波の待つ屋敷へと帰る。

 道中、月夜さんは不安そうな顔をしていた。

 無理もないか。

 聞いた話では、月夜さんがメイドになったのは小学五年生の時だから、約五年程主人とメイドという立場を貫き通したんだ。

 急に友達に戻りましょう! なんて言うには、よほどの勇気がいる。

 屋敷についてからも、月夜さんの表情は暗い。


「月夜さん、春太さん、お帰りなさい。春太さん、お嬢様が待っていますよ」

「わかってます」


 急いで服を着替え、お嬢様の部屋の前に。

 隣には月夜さんもいるが、顔がこわばっている。


「先に俺が行きます。合図したら中に入ってきてください」

「わ、わかりました」


 深呼吸してから、白波の部屋をノックする。


「春太です」

「入りなさい」


 許可をもらい中に入った。

 その瞬間、顔面に向かって枕がお出迎えをした。


「おっっっっそい! ご主人様をいつまで待たせるのよ」

「お嬢様、病み上がりなのですから少し大人しくしていただけないと困ります。それと、ものは大切に扱ってください」


 美鈴さんは投げられた枕をポンポンと叩いて元の位置に戻す。


「申し訳ございません。少し友人と話してたら、こんな時間に」

「またそうやって友人いるアピールするなんて、本当に小さい男ね」

「事実ですから」

「貴方生意気!」

「お嬢様、ご安静に」


 ここまで元気なら病人扱いしなくてもいいな。

 それにしても、鼻息を荒くする白波は滑稽だな。

 って、そんなこと言ってる場合じゃないな。


「あ、美鈴さん、ちょっと業務でお聞きしたいことがあるんですが、ちょっとついてきてもらっていいですか?」

「ちょっと! 美鈴は今私の看病をしているのよ?」

「そうですね。他に手が空いている方がいればいいのですが」

「それなら大丈夫です。ちょうどいい人がいますから」


 目配せで扉の陰に隠れた月夜さんに合図を送る。

 一瞬だけ躊躇いを見せたが、勇気を出して一歩を踏み出す。


「月夜……」


 昨日の俺との会話を思い出してか、視線を合わせようとしていない。

 それは月夜さんも同じだ。


「……なるほど、そういうことでしたら、構いません。月夜さん、お願いしますね」

「かしこまりました」


 二人を残し、俺と美鈴さんはそっと扉を閉めた。


「月夜さんとは上手くいったんですね」

「えぇ、おかげさまで。ご協力ありがとうございました」

「いえ、こちらこそありがとうございます。これで月夜さんも少しは変わっていただければいいのですが」

「大丈夫ですよ、絶対」

「そうですか……では行きましょうか」

「どこへですか?」

「先ほど春太さんがおっしゃったではありませんか。業務についてお聞きしたいと」

「いや、それは方便と言いますか」


 嫌な予感がしたので、逃げる態勢を取るが、その前に美鈴さんが俺の腕を掴む。


「せっかくの機会ですし、私の仕事術を叩き込んで差し上げます」

「いやでも、それじゃあ今日の業務に支障が」

「問題ありません。今日の業務はほとんど済んでしまいましたから、月夜さんと変わったおかげで時間が空きましたので、遠慮しないでください」

「い、いやああぁぁぁぁ!!」


 俺はみっちりとか美鈴さんの仕事術をみっちり畳み込まれた。

 当然、白波達の部屋で二人がどんな話をしたかはわからない。

 それを知っているの本人達だけだ。

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