第18話
次にやってきたのは、カラオケ。
「カラオケね! よくクラスで話を聞いてたから、気になってはいたのよ」
「お恥ずかしいながら、私も興味を持っていましたが、この歳でも利用してもいいのでしょうか」
「気にしなくても大丈夫ですよ」
二人は初めてのようで、興味津々。
実は俺もカラオケに来るのは初めてなのだ。
歌を歌う場所ということだけは知ってはいるのだが、料金設定ややり方などは全く知らない。
「203のお部屋になります。お楽しみください」
マイクとタブレットを受け取り、言われた部屋の扉を開ける。
中は少し薄暗く、ソファがL字に置かれている。
大画面のモニターには、音楽系のプロモーションが流れていた。
「意外と狭いですね」
「まぁ、歌うだけですし」
「こんなに狭いと、私の美貌に耐えられなくなった
「誰がけだものだ」
とりあえず操作を覚えるためにタブレットを操作してみる。
「へー、採点機能がついてるのか」
「面白そうじゃない。全員採点あり。これは絶対よ」
「ところで……誰が先に歌うのでしょうか?」
美鈴さんの何気ない質問に、楽しげな雰囲気が止まった。
「……はい、春太! 先を譲ってあげるわよ」
「ありがとう。でもな、俺は男だし、ここはレディーファーストということで」
「そういう性別どうのこうのって考えは古いわよ。それに、春太がここを選んでくれたんだから、先に歌いなさい」
「さっき気になってたって言ってただろ? ここは楽しんでもらいたいし、一番手はゆずるよ」
「まぁまぁまぁまあ、遠慮しないで」
「いやいやいやいや、どうぞどうぞ」
「「いやいやいやいや……」」
「貴方が先に歌いなさいよ! これは命令よ!」
「嫌だね! 先に白波が歌えよ!」
初めてのカラオケ、初めて採点、初めて人前で歌うという行為。
音痴かもしれない不安から、白波に先を譲ろうとしたが、白波も同じ考えのようで、頑なにマイクを握ろうとしない。
「さっさと歌いなさいよ! 男のくせして情けないわね!」
「さっきの性別は関係ないとか言ってたやつがよく言えるな!」
「でしたら、私が先に歌ってもよろしいでしょうか」
「「美鈴(さん)は最期!!」」
初めてでも九十点台を平気で叩き出しそうな人を最初に歌われたら、さらにプレッシャーがかかる。
その点だけは俺と白波の心は一つになった。
「わかった、じゃんけんしよう。負けたら一番手」
「望むところよ」
「あの、そこまで嫌でしたら、私が──」
「「じゃーんけーん! ぽん!」」
俺は渾身のグーを繰り出す。
が、白波の手は開いていた。
「……白波、俺はつくづく思うんだけど、紙がハサミに弱いことはわかる。ハサミが石に弱いのもわかる。だけど、石が紙に弱いのは納得できないんだ。だって紙で石を持ち上げたらやぶ──」
「はい、貴方の魂のこもった歌を聞かせてちょうだい」
くっそー!! 上等だ! やってやんよ!
国民的なアニメの主題歌となった曲を熱唱する。
その結果は……七十五点。
「……なんか微妙ね」
「面白くない平凡な点数ですみませんね!」
「でも、これで安心して歌えるわ! 私の美声に聞き惚れなさい!」
と、有名な女性アーティストの曲で対抗する。
採点結果は……七十六点
「……まぁ、うん、俺より高いね」
「勝ったけど、なんか不服!」
「では、私の番ですね」
そんなことをしていると、待ってましたと言わんばかりに、美鈴さんはマイクを持つ。
「美鈴さん、ドリンクが空ですよ? 先にドリンクバーに行ってきた方が」
「そうですね。一曲歌いましたら、注ぎにいきます」
「美鈴! 連日の業務で疲れているでしょ? 歌う前に少し休んだ方が」
「お気遣いありがとうございます。ですが、普段から慣れておりますので問題ございません」
劣等感を覚えそうで、なんとか歌わさないようにできないかと提案してみるが、どちらも無意味だった。
ここは覚悟を決めて、美鈴さんの歌声を聴こう。
「では歌わせていただきます」
と、美鈴さんが選曲したのはまさかの童謡。
しかも、期待も音程も大きく外れた歌に、俺も白波も開いた口が塞がらない。
歌い切った美鈴さんが採点結果を確認する。
モニターには三十五点という数字がデカデカと表示されていた。
「あの、美鈴さん?」
声をかけるが、返事がないままソファに座る。
一見して平然としているように見えるが、心なしか暗い表情をしている気がする。
「私、あんなにも下手だったのですね」
「き、気にすることはないわよ」
まさか美鈴さんが音痴だったとは。
一人でぷるキュアの主題歌を歌っていた時は、ちゃんと音程はあっていたんだけどな。
……いや、むしろ何度もぷるキュアの主題歌を聞いたからこそ、ちゃんとした音程で歌えていたのかもしれない。
「ですが、あの採点では」
「こんなの機械が勝手に決めた点数なんだから。そうよね春太!」
「そ、そうですよ! それに楽しく歌えてたら、点数は関係ないですよ!」
「……それもそうですね」
なんとかフォローできたようで一安心。
「じゃあ、また俺が歌おうと思うんだけど……この採点機能はいらないよな?」
「いらないわ。そんな人を不幸にする機能」
美鈴さんも頷き、この誰も幸せにしない機能をオフにして、全員が心から楽しんで歌を歌う。
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