第19話

 ゲーセンで遊び、カラオケで熱唱した。

 あとは本来の目的の買い物を済ますだけだ。

 とは言ったものの、元々は朔弥に協力してもらい、おしゃれに気を遣った服を選ぼうとしていたわけで、無地のシャツで充分だと思っている俺には、おしゃれ対する感性なんてないに等しい。


「春太さん、聞いてますでしょうか?」

「はい? なんか言いましたか?」


 ぼーっとしていた俺に、美鈴さんはため息を漏らす。


「今回のご予算はいくらほどなのでしょうか。また、どういったものをお求めになっているのか、詳しく聞かせていただければ、お店をご案内しますと、先ほどから言っているのですが」

「すいません。ちょっとぼーっとしてて。それで、予算なんですが、一万程で」

「一万って、服を一枚買えるかどうか怪しいわね」

「お嬢様の場合は少し大袈裟ですが、一万ですと、服を一式程度しか買えませんね。せっかく服を買うのですから、三セットほど購入されてはどうでしょうか。もちろん、なるべくお安く済むように私もご協力させていただきます」


 たしかに、人生でちゃんとした服選びなんてしたことがないし、せっかくだしな。


「わかりました。三万でお願いします」

「かしこまりました。ご案内しますので、ついてきてください」


 美鈴さんに連れられ、どこに行くかと思えば、デパートだった。

 てっきり、個人店のような場所に連れてこられると思ったが、美鈴さんが言うには、


「特に方向性もなく、色々な種類の服を検討するなら、多くの店舗が入ってるデパートで探した方がよろしいかと思いましたもので」


 とのことらしい。


「では僭越ながら、私がいくつか選ばせていただきます」

「え、美鈴さんが?」

「何? 美鈴のセンスを疑うの? 私の服だって、美鈴のアドバイスを受けてるのよ。それを疑うなんて、庶民のくせにいいご身分ね」

「いや、疑ってるわけじゃないけど、男と女じゃファッションの傾向って違うんじゃ」

「ご心配には及びません。男性女性問わず、ファッションについては把握しているつもりです」


 ここまで言われてしまったのだから、俺が自分で選ぶよりも、美鈴さんにお願いするべきだろう。


「じゃあ、すいませんが、よろしくお願いします」

「かしこまりました。ではまずこちらに着替えてください」


 いつのまにか集めていた服を一式渡され、それを持って試着室に入る。

 着替え終わり、カーテンを開く。

 白いノースリーブのニットと下にはカッターシャツ、そして黒の長ズボン。

 それらしい格好ではあるが、自分がこれを着ると違和感がある。


「服に問題はなさそうだけど、春太には似合わないわね」

「たしかに、春太さんのイメージには合いませんね。では次にこちらを」


 手早く次の服に着替える。

 今度は赤のチェックシャツにジーパンの格好。

 それに加えて、アクセサリーにネックレスを添えられた。


「んー……なんかチャラいわね」

「春太さんの性格に合わせると、少し浮いているように思えますね。もう少し、春太さんの内面を表現するとなると」


 再び新たな服に着替え、二人の前に出る。

 ライトグレーのTシャツに黒の半袖ジャケットを羽織り、紺色の長ズボンを履いた。

 先に来たものと比べると、妙に納得している自分がいる。


「これですね。春太さんの見た目ですと、少し大人びた服装がお似合いだと思います。お嬢様もそう思いますよね」


 美鈴さんが同意を求めるが、返事がない。

 この服装、気に入ったんだけど、白波にはおかしな格好に見えているのだろうか。

 無言のまま、俺をジッと見ている。


「お嬢様」

「……えっ!? な、なんか言った?」

「ですから、春太さんによくお似合いですよねと聞いているのですが」

「そ、そうね。たしかにさっきよりもまともには見えるけど、所詮馬子にも衣装よね」

「はいはい、どうせ俺はただのマネキンだよ」


 白波にはそこまで評価は良くなかったが、俺が気に入ったから買うことに。

 これでファッションの方向性が決まったと言うことで、もう二式の服を美鈴さんが持ってくる。

 試着してみると、どれもしっくりときたため、迷わずに購入した。

 予算である三万は結局オーバーしてしまったが、勝ったことに悔いはない。

 これで人生初彼女への道が一歩前進した。

 そして気がつけば、時刻も十七時。

 もうそろそろ帰らないと、夕飯に遅れてしまうので、今日はこれで引き上げることに。

 帰りの電車は思いのほか空いていたため、三人並んで座ることができた。


「春太さん、今日はありがとうございました。ここまで遊んだのは久しぶりです」

「いえ、こちらこそありがとうございました。一人じゃ、こんないい服を買うことなんてできませんでしたから。それに俺も楽しかったですし。白波はどう──」


 今日の感想を尋ねようとした時、ストンと俺の肩に白波の頭が乗っかる。

 視線を向けると、白波は目を瞑って静かに寝息を立てていた。


「なんだよこいつ。寝てるじゃん」

「ふふっ、遊び疲れたお嬢様を見るなんて、何年振りでしょうか。それほど今日が楽しかったんですね」

「そうなんですかね。おい、白波起きろ」


 軽く揺すってみるが、まだ寝息を立てている。


「もう乗り換えはありませんので、そのままにしていただけないでしょうか」

「はぁ……わかりました。まったく、このお嬢様は」


 肩が痺れようとも、俺は降りる駅まで白波の枕代わりにされたのだった。

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