第15話

「どうかされたのでしょうか春太さん。昨日はあんなにもご機嫌でしたのに」

「月夜ちゃん、何か知ってる?」

「知りません。あの人のことなんか」

「さっき、スマホ見て、から、元気……ない」


 皿に盛ったライスを一粒ずつ食べている俺が相当奇妙ならしく、声をかけるのを躊躇っているのか、俺に視線を向けるだけだ。


「春太さん、気分が優れないようでしたら、薬を用意しますが」


 美鈴さんには体調不良と勘違いされてしまった。


「いえ、健康体なんで大丈夫です」

「そうですか。ですが念のため、今晩は暖かい格好でお休みなられた方がよろしいかと。明日はご友人とお出かけされるのですから、風邪には充分ご注意を」


 何も知らないとはいえ、その気遣いは今は逆効果だ。

 自然とため息を漏らす。


「春太さん?」


 心配そうにしている美鈴さん。

 そして、俺の様子から何かを感じ取った白波が、嫌な笑みをこぼす。


「もしかして……明日の予定がなくなったとか?」

「ぐっ!」

「あはは! あんだけ私に友達がいないとかで、遊びに行くことを自慢して私にマウントとっておいて、ドタキャンされてやんの!」


 腹を抱えて下品に笑う。


「う、うるせぇ! たまたま今回は相手の用事が急にできただけで」

「本当かしら? 元々用事がなかったけど、私に対抗しようとして嘘でもついたんじゃないの?」

「そんな虚しい嘘つくわけないだろうが! そんな発想するってことは、逆にお前が誰かにそういうことを言ったことがあるんじゃないのか?」

「そそそそ、そんなこと言うわけないわよ!」


 ムキになって適当なこと言ったんだけど、言ったことあるのかよ。


「おいおい声が震えてんぞ。まぁ、一度も友人と遊びに行ったことのない白波には友人と遊ぶ楽しさもわからないだろうけどな!」

「う……だったら! 明日貴方と遊びに行ってこようじゃない!」

「はぁ!? なんでそうなるんだよ!」

「一応私と貴方は友人なんだから、それぐらい問題ないでしょ? 文句ある? ないでしょ!」


 勝手に決めないでくれ。


「お嬢様! そんな人と行くの危険です! 何をされるか」


 月夜さんは俺に対してどんな評価をしてるのだろう。


「私も一緒についていきます」


 月夜さんも一緒なんて、心休まるはずの休日が空気激重で過ごすことになるじゃないですか。


「ダメよ。月夜は予定通りの仕事をしなさい」

「ですが」

「大丈夫よ。そんなことを起こさせないために、美鈴にも同行してもらうから」


 おい、俺が白波を襲う前提で話が進んでるぞ。

 でも美鈴さんがついてきてくれるのはありがたい。

 白波のわがままを全部引き受けたくはないからな。


「かしこまりました。では明日は、お嬢様と春太さんと共に出かけるということで、車をお出しすればよろしいでしょうか」

「そうね……」


 考えるそぶりすると、横目でチラリと俺を見た。


「そういえば、春太はどうやって出かけるつもりだったの? 車で行くつもりじゃなかったわよね」

「当たり前だ。免許なんて持ってないからな」

「自転車すら持ってないはずだし……もしかして、徒歩?」

「そのつもりだったけど」

「じゃあ、そんなに遠いところではないのね」

「いや、N市まで出るつもりだけど」

「はぁ!?」


 俺の発言に何故か驚いている。


「バカじゃないの!? N市って、ここら何時間かかるのよ!」

「そうか? 俺は気にならないけどな」

「時間感覚狂ってるんじゃないの? マラソン選手でもないのに長距離を歩くなんて」


 ん? どうやら白波は何か勘違いしているようだ。


「当たり前だけど、電車は使うぞ?」


 そう指摘すると、きょとんした白波。

 次第に素っ頓狂な勘違いをしていたことに気がつき、みるみると顔を赤面させていく。


「知ってるわよ! 冗談よ冗談! なら明日は電車で向かうから、美鈴も準備しなさい。九時にここを出るから」

「かしこまりました」


 というわけで、俺と白波と美鈴さんの三人で出かけることになってしまった。

 正直不安で仕方ないのだけど、白波がああ言ったら、誰がなんと言おうと覆らない。

 少しでも、ストレスのない休日を送られないだろうか。

 そんな淡い期待を持ちながら翌日を迎える。

 時刻は十時。場所は屋敷の玄関前。

 出だし前から早速俺のストレスが溜まり始める。


「あら、早いわね」


 白いフリルワンピースに紺色のショルダーバッグを肩からかけた白波が、悪びれた様子もなく玄関前にやってきた。


「早くねぇよ! むしろ遅いだろ! 九時出発だろうが!」

「ごちゃごちゃうるさいわね。女子は準備がかかるのよ。それくらい許容しなさいよね」

「ならせめて連絡しろ。というか、ここで待つ前に一回声かけたんですけど、その時に一言言ってくれないですかね?」

「ちっさい男ね。そんなんだと女子にモテないわよ。時間が惜しいからさっさと行くわよ」

「誰のせいでこんな時間に──ちょっと待て、その格好で行くのか?」

「え? そうだけど、変かしら」


 ワンピースに変なところがないかと回って見せる白波。

 ワンピースに文句はない。似合っていると思う。

 だけど俺が言いたいのは、お連れのメイド長の方だ。


「美鈴さん、そのメイド服格好で行くつもりですか?」

「業務ですので」

「まぁ当然よね」

「当然な話わけあるか! 美鈴さん、今すぐ着替えてきてください」

「何よ。別にいいじゃない」

「よくないわ! この格好でうろうろしてたらみんなびっくりするっての! 着替えさせなきゃ、出かけるのは無しだ!

「まったく、しょうがないわね。美鈴、着替えきなさい」

「業務時間ですが、よろしいのでしょうか?」

「そうしないと春太は納得しないようだし。私服でいいわよ」

「かしこまりました」


 着替えるために一度屋敷に戻った美鈴さん。

 それら十分後。


「お待たせしました」


 着替えた美鈴さんの姿に俺は目が離せなくなった。

 ノースリーブの黒いニットに、足のラインが際立たせる白いボトムスとヒール。

 カッコいい大人の女性という言葉がこの人のためにあるかのよう。

 そう思えるほどに俺の目は奪われた。


「これでよろしいでしょうか?」

「はい! 大満足です!」


 そう答えた瞬間に足の甲に白波の踵がめり込み、激痛が走る。


「いっで!! 何しやがる!」

「あら失礼。あまりに下品な顔をしていたので、不審者かと思ってつい足が」

「だ、誰が下品な顔を」

「貴方よ。まぁ、美鈴も美女ではあるから百歩譲って目を瞑るとして、どうしても美少女の私には無反応なのよ!」


 最終的にムカついたのはそこかよ!


「何言ってる! 美鈴さんの大人の色気と比べたら、ちんちくりんな娘だろうが! 同列に並べるな!」

「何ですって!」

「喧嘩はよしてください。このままではお昼までに向こうに着くこともできませんよ」


 美鈴さんの仲裁もあり、その場はお互い引くことに。


「さっさといくわよ」


 一人先に歩いていく白波。

 その後を俺と美鈴さんが続く。


「春太さん」


 駅に向かう最中、白波に聞こえないように美鈴さんか話しかけてきた。


「先ほどのことなのですが」

「さっきとは?」

「大人の色気がどうのこう、ちんちくりがなんだかんだという話です」

「あ、すいません。美鈴さんを引き合いに出してしまって」

「いえ、私の格好を好意的に捉えてくれるのは大変喜ばしいことなのですが、お嬢様も楽しみにしているようなので、少しだけ優しくしていただけると」

「そうなんですか? そうは見えませんが」

「えぇ、今朝も出かける服装として浮いていないかと相談もされましたし」

「二人共、何こそこそ話してるのよ」

「いーや、何でも」


 そうこうしていると最寄駅につく。

 早速切符を買おうとしていると、改札口から白波の叫び声が聞こえる。


「ちょっと全然入れさせてくれないじゃないの!」


 切符も入れずに改札口を通ろうとしている白波。

 昨日の話を聞いた感じだと、何となく電車を利用したことがないのだろうと思っていたが、やはり利用方法も知らなかったのか。


「おい、何やってるんだよ」

「春太! なんなのこの機械! 私が通ろうとすると閉じるんだけど!」

「当たり前だ。切符を買え切符を。ほら、先に切符買ってあるからこれ使え」

「春太さん、大変です!」


 鬼気迫る美鈴さんの声に動揺する。


「どうしたんですか!?」

「先ほど買った切符を通しているのですが、通してもらえません。何か不手際があったのでしょうか」

「美鈴さん、こっちきてください」


 と、必死にICカード専用改札口のリーダーに切符をあてがう面白い姿の美鈴さんを呼ぶ。


「白波は駅を使ったことがないのは何となくわかってた」

「なんかバカにされてる気がするんだけど」

「でもまさか、美鈴さんも利用したことないとは思ってませんでしたよ」

「申し訳ございません。車での移動しかしたことがなく、電車の使い方はまったく」

「とりあえず、帰りも切符を買わないといけないですから、ここで教えておきますね」


 とりあえず、二人に切符の買い方やN市までの乗り換え方法を伝え、電車で向かう。

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