第14話
俺は白波の屋敷で働く前は、ボロアパートでアルバイトに励む高校生だった。
欲しいものがあれば、節約のために食べるものが半月以上もやしだけになったりもした。
だが、今は十分な住処と食事を提供され、仕事内容(主に白波のわがまま)に目を瞑れば、高校生にしてはあまりにも優遇された環境だ。
だが、俺は忘れていた。
これまでの待遇は、いわば住み込みで賄いをもらっているようなものだと。
あんなにも贅沢をしているのだから、お金を使っているものだと錯覚していた。
何が言いたいかというと……俺の通帳に手に余るお金が入金されて困惑している。
「忙しくてお金のことをすっかり忘れてたけど、改めて入金額を見ると、住み込みの高校生が気軽にもらって良い金額じゃないな」
家賃も食費も光熱費もタダなのだから、当然アルバイト代は手付かず。
何十万という額が自由に使えることが恐ろしくて、手が震えている。
本当にこの金額をもらって良いのかと美鈴さんに聞いてみたのだが、
「そのように契約しているのですから、問題ございません」
と言われてしまった。
念の為、白波にも聞いたのだが、
「その金額が普通じゃないの?」
と、見下しているわけではなく、純粋に疑問を持って質問を返されたので、「そんなわけあるかバカ!」と丁寧に答えておいた。
さてこのお金をどうするべきか……
「というわけで、どうすべきだと思う?」
「なんだ? 贅沢な悩み自慢で俺に喧嘩売ってるのか? おっ?」
学校で友人の朔弥にきいてみたところ、現在その関係が解消されかけいてる。
「いや、本当にどうしようかって。前の何倍もの金額を好きに使えるって、嬉しい通り越して怖いんだよ」
「別に使えばいいだろ?」
「馬鹿野郎! 今まで自由に使えるのが多くて数千円ぐらいしかなかった生活をしてきた俺を殺す気か!?」
「言い過ぎだろ。だったら、必要なものでも買ったらどうだ? どうせ、安い服をずーっと使ってたんだろし、この機会に買い直せば良いんじゃないか?」
「そうだな……くたびれてたし、同じ服を──」
「待て」
せっかく金の使い道の候補を見つけたというのに、待ったをかける朔弥。
「お前が買おうとしてるのは、今制服の下に来てる無地のTシャツのことか?」
「そうだけど?」
「やめろ! その服たしか前に三枚セットで二、三千円の奴だろ!」
「あぁ! なかなか高い買い物だろ?」
「安いわ! ちゃんとしたTシャツは一枚でそれぐらいすんだよ! お前は一度おしゃれな服を買え!」
「いや、俺別におしゃれに興味は」
「馬鹿野郎! お前そんなんじゃモテないぞ!」
そ、それは困る。
俺も人並みに恋愛に興味はあるし、可愛くて優しい彼女とイチャイチャしたい。
「それに約束したじゃんか。いつか、合コンして、お互いに彼女作ろうぜって」
「忘れるわけないだろ
「おいおい、今更そんなことを頼む間柄じゃないだろ。お互い助け合うのが、
「サンキュー。でもいいのか? お前、部活が」
「気にすんなって。いざとなればバックレればいいんだよ」
「いいのか? 陸上部の顧問って、あの鬼先だろ? そんなことしたら……」
「友情と部活、どっちが大事なんて、決まってるだろ? そんなことより、せっかく服買いに行くなら、電車で少し遠出して、ついでに遊ぼうぜ!」
「いいね! ゲーセンとか、カラオケとか」
「それと飯食ったりしてさ。行くのは明後日の土曜日でいいか?」
「大丈夫だ。その日は休みになってる」
「随分と楽しそうにしてるじゃない」
日程が決まったところで、離席していた白波が教室に戻ってきた。
白波が会話に入るや否や、そそくさと朔弥は席へと逃げていく。
「別に、なんでもいいだろ」
「何よ。ご主人様に向かってその態度は」
「学校では主従関係はなしって話だろうが、ちゃんと契約守れ」
「ふん、それがどうしたのよ。それで、何でそんな楽しそうなのよ」
「白波に話す必要はない」
「私が聞いたんだから、話す必要はあるわよ」
相変わらずの自己中理論。
「言ってもいいけどよー、本当に聞きたいのか?」
「どういうことよ?」
「いやな、土曜日に友人と一緒に買い物行ったり、時間に余裕があれば遊んで、うまいもん食ったりしようとしてんだけど、白波はそういうの経験なさそうだから、羨ましがるんじゃないかと思ってなー」
「ふふっ、そんなことで動揺するとでも? 以前にも言ったと思うけど、ここの学校の生徒じゃ格が違いすぎて友人なれる人はごく少数よ。友人ができないんじゃないの。友人に相応しい人がいないのよ。だから友人と楽しく遊ぶだなんてことを自慢気に話されても、私ははいそうですかとしか言えないのよ、ええほんと全然羨ましくないんだから!」
バッチリ効いてんじゃねぇかよ。
「白波にもいつか友人はできるさ。頑張れ」
「なんで励まされなきゃならないのよ! 私は好きで──ちょっと聞いてるの!?」
白波がキャンキャン喚いてるが、今の俺には全く効かない。
それは屋敷に戻ってもそうだ。
白波のわがままに付き合わされても、こいつにマウントを取れていると考えれば、全然気にならなかった。
「春太さん、今日はとても機嫌が良さそうでしたが、何かあったんですか?」
夕食時、俺のテンションがいつもと違うことに気がついた御影さんが聞かれる。
「給料もいただいたので、久々に友人と遊びに出かけることになったんですよ」
「わぁ〜、いいですね! 私もお友達と色々なところに出かけてたので、その気持ち、すごくわかります! ……ところで、お嬢様はなんでそんなにも難しい顔をされてるのでしょうか?」
「別になんでもないわよ!」
「お嬢様、机を叩くのは行儀が悪いですよ」
机を思いっきり叩き、びびる御影さん。
メイド長の美鈴さんは、冷静に白波の行動を指摘。
「だって、私に友人がいないとか言って春太はバカにするのよ!?」
「でも事実では?」
正確で無慈悲な事実を美鈴さんに突きつけられ、そのまま机に突っ伏す白波。
「お嬢様の性格じゃ、お友達を作るのも難しいわね。卒業までにできるか心配です
さらに舞華さんの言葉の刃が白波に突き刺さる。
「くっ! 覚えてなさいよ! 春太!」
「なんで俺なんだよ!」
「元を辿れば、貴方が私を小馬鹿にしたのが原因でしょ!」
ギャンギャンと喚く白波と俺の言い争いはヒートアップし、最終的に美鈴さんの介入により喧嘩両成敗となり、その日は最後まで白波と話すことはなかった。
なんにせよ、あと一日働けば、待ちに待った土曜日。
心を躍らせ、翌日を迎える……が、を待っていたのは悲しい現実だった。
学校が終わり、屋敷で業務をしていた時だ。
メッセージアプリから、咲夜からのメッセージが届く。
昨日も朔弥と緻密な予定を立てのためにメッセージアプリを利用していたが、きっと当日の再確認だろう。
業務中ではあるが、届いたメッセージを開く。
朔弥『ごめん、明日の出かけることができません。今、トラックを走っています。お前と過ごす時間も大切だけど、俺の走りがいつかインターハイで記録にも記憶にも残ることを夢見て、走り続けています』
と、タイヤ引きをする後ろ姿を撮影した画像と一緒に送られてきていた。
しかもこのアングル、朔弥が引いてるタイヤの上に乗っていないと撮れないし、画像の端っこにジャージが写り込んでいるのだが、このジャージはたしか、鬼先のトレードマークのジャージ。
つまり……朔弥、頑張れよ。
って、朔弥来れないなら、明日の予定が全部パーじゃねぇか!
楽しみを失い、俺は膝から崩れ落ちた。
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