第13話

 俺達も食事を済ませ、後片付けを始めようとしたが、


「春太君のおかげで楽しめたから、後は私達に任せて」

「今日はもうお休みになってください」


 と、いうことなので、ありがたく今日は休ませてもらうことにした。

 部屋に戻る前に、鍋のおかげでポカポカになった体を夜風で冷まそう。

 俺は一人、庭に出る。

 空は雲ひとつなく、無数の星が散りばめられ、丸い月が芝生に立つ俺を照らしていた。

 頬を撫でる夜風が心地く、思わずその場で腰をおろす。


「春太」


 静かな時間を過ごしている最中、白波が声をかけてくる。


「お嬢様がこんな時間に外に出てていいのか?」

「別に敷地内だし、貴方だってこんな時間にこんなところで座り込んでるじゃない」

「鍋のおかげで体がポカポカでな。風が気持ちよくてつい」

「そう……」


 白波はおもむろに俺の隣に座った。


「おいおい、何か敷いて座らないと服が汚れるぞ」

「いいわよ別に。いちいちそんなこと気にしないわよ」


 しばらく無言の時間が続くが、先に口を開いたのは白波。


「お礼を言いに来たのよ」

「お礼? なんのことだ?」

「今日の食事に決まってるでしょ」

「あれはただみんなで食事がしたかっただけで」

「流石に無理があるでしょ。私をあんなに焚き付けておいて。でも、ありがとう」

「やめろ。白波がそんなしおらしく感謝をするなんて気味が悪い」

「……たしかに、私自身、こんなにも素直に春太に感謝するなんて変ね」


 本当にどうしたんだこいつ?


「ねぇ……なんでここまでしてくれたの?」

「大した理由はない。ただ、お前が息苦しそうに見えただけだ。自分の家なのに気を遣って。家でこそわがまま言えよ。それにさ、せっかく大人数で過ごしてるんだから、飯を食うなら一緒に食った方が楽しいだろ?」

「そうね……とても楽しかったわ。今まで一番」

「そうか。ならよかったな。これからはその楽しい時間が毎日あるぞ」

「毎日?」

「だってそうだろ? 元々は白波もメイド達もお互いが遠慮してたから、今日まで肩並べて食事をすることなんてなかったんだろ? なら、もうそんなこと気にする必要はないだろ?」

「で、でも」

「でもなんだ? もしかしてみんなとの食事はもう嫌か?」

「そんなことない!」


 俺の問いに強く否定すると、ハッとする白波。


「ならいいじゃんか」

「だけど、美鈴達に迷惑じゃ」


 見当違いも甚だしい。


「あんな良い笑顔が演技なら人間不信になるわ! 気にせず明日も一緒に食え!」

「そ、そうなの? ……でもまぁ、最悪断られても、貴方は断らないわよね?」

「なんで俺だけは拒否権ないんだよ」

「あら? 私のこと、友人と言ったじゃない」


 ……しまった。勢い余って「友人」なんて言うんじゃなかった。


「使用人のささやかな願望ぐらい、白波家の娘として叶えてあげないとね!」


 いつもの調子を取り戻す白波。

 元の白波に戻ってくれたことはありがたいが、俺の失言のせいで調子に乗られるのは癪に障る。


「さて、私はもうそろそろ部屋に戻ろうかしら」


 俺の心が穏やかになるので、そうしてくれると、大変ありがたい。


「あ、これも言い忘れてたわね」


 部屋に戻ろうとした白波がこちらに振り返る。


「鍋美味しかったわ。また作ってよね」


 ニコッと笑った白波の姿。

 夜空の下という少しだけ特別感のあるシチュエーションのせいなのか、その笑顔は誰よりも──


「風邪引く前に戻りなさいよ。明日はビシバシこき使ってやるんだから」


 悪戯な笑みを浮かべて足早に屋敷に帰る。


「明日『は』、じゃなくて、明日『も』だろ」


 さて、体もすっかり冷めたことだし、俺も部屋に戻ることにしよう。

 頬の熱を感じながら、俺も部屋に戻ることにしたのだった。



 この日を境に、白波とメイド達の関係が変わった。

 基本的には以前とは変わらないが、友人や姉妹のようなやりとりがよく見られた。

 月夜さんだけは、相変わらずの様子。


「春太!」

「なんですがお嬢様」

「もう全員食堂に集まってるわよ」

「この仕事終わらせてから、後でいただきます」

「何言ってるのよ。全員揃わなきゃ始まらないでしょ! そんな仕事は後で良いから!」

「ちょっ! 引っ張らないでください」


 掃除中に首根っこを掴まれ、食堂に連行された。

 自然と決まり事となった、みんな揃っての食事が今日も始まる。

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