第6話

 休みの土日が過ぎ、今日は月曜日。

 今朝も屋敷で仕事を終えてから、学校へ登校。

 当然、車には乗せてもらえず、朝ら全速力で走り、一日の授業をこなす。

 だが、今日は先週とは違い、白波に恨み言なんて言わない。

 そんな感情を持つよりも、この後に起きるであろう出来事が楽しみで仕方ないからだ。

 白波がどんな表情をするか楽しみだ。


「おい、春太どうしちまったんだ? 朝から気味悪いぞ」

「なんでもないよ、なんでも……くくっ」

「お、おぅ、そうか。それにしても朝も思ったけど、なんかお前変な匂いがするぞ。臭いとかじゃなくて、なんか色々な匂いが混ざったような」

「まぁ、色々あったんだよ。そんじゃ、俺はこの後バイトだから。あー楽しみだ」

「おいおい! 嘘だろ!? 本当にどうしちまったんだよ! 先週はあのご令嬢に恨み言しか言ってなかったはずじゃ……まさか、あまりの苦痛に精神が崩壊して」


 勝手に盛り上がっている朔弥は放っておいて、俺は足早に屋敷へと戻る。

 そして、テキパキと着替えて、その時が来るまで、業務をこなす。


「もうそろそろ、紅茶の時間ですね。春太さん、今日も紅茶を淹れるのをお願いします。お嬢様からのご指示なので」

「えぇ、喜んで」


 にっこりと快く引き受けると、何故か目を丸くする美鈴さんだったが、すぐに元の表情に戻し、ワゴンに紅茶のセットを乗せる。


「では、行きましょうか」


 美鈴さんが先に廊下に出て、俺がワゴンを押して追う。

 白波の部屋に着くまでの間、美鈴さんは時折、こちらを警戒した様子でチラチラと見ていた。

 部屋に着くと、昨日と同じくノックをし、白波の許可を得てから部屋に入る。


「来たわね。休みはどうだったかしら? まぁ、聞いたところによると、ずーっと部屋に引きこもってたらしいわね。そんな寂しい休日しか過ごせないなんて、可哀想ね!」


 と、煽ってくるが、俺は一切怒りを見せず、白波──いや、お嬢様に微笑む。


「いえ、お嬢様のご厚意でいただいた休日、大変満足いたしました。ありがとうございました」


 予想外の反応に、お嬢様はたじろいだ。


「な、なによ、その態度。まぁいいわ、さっさと淹れなさい。今日はどんな泥水を飲めるのか楽しみよ」


 是非楽しみにしていただきたい。

 俺は手際よく紅茶を淹れ、お嬢様の前へ置く。

 すると、眉間に皺を寄せた美鈴さんが俺を睨みながらこう言った。


「お嬢様、まずは私がいただきます。その後にお嬢様が──」

「いえ、美鈴も飲むなら私と一緒によ。白波家の者が下僕の紅茶ぐらい平然と飲めなくてどうするの」

「かしこまりました。春太さん、私の分も入れてください」


 と言われたので、余っていた紅茶を注ぎ、美鈴さんへ渡す。

 二人は目線を送り、同時に紅茶に口をつけた。

 少し間を置いてから、カップを置くと、二人はポツリと呟く。


「これは……」

「美味しい……」

「言ったな! 今たしかに言ったな白波! どうだ! 散々バカにして酷評した俺の紅茶は美味かっただろ!」


 休みを返上して、自室で一人紅茶を淹れた甲斐があった。

 おかげで、食事がいらないぐらいにお腹タポタポで当分紅茶は飲みたくないと思うほどだ。


「また言葉遣いが……ですが、今は目を瞑ります。たった数日で私と引けを取らない紅茶を淹れるようになるとは思いませんでした」

「まぁ、まだこれだけしか淹れられないんですけどね。やっぱり茶葉が変わると、蒸らす時間も変わっちゃうんで、覚えきれてないです」

「はー、身構えて損した。今朝から気持ち悪い笑いしてたし、学校から帰ってきて、紅茶を淹れる時になったら、態度が変わってるんだもの。てっきり変な物でも混ぜられたんじゃないかって」

「はぁ? そんなことしてなんになるんだよ」

「だって……ほんの少し、春太のことをバカにしてたし、仕返しして憂さ晴らしするんじゃないかって」


 あれでほんの少しという自覚なのか。


「あのな、経緯はともかく、白波には仕事をくれた恩がある。それに下に見られた奴に、期待以上の成果を見せつけた方がスッキリするし」

「……そ、そう。まぁ、紅茶が淹れるのが上手くなったからって調子に乗らないでよね。私の命令に全て満足する働きが出来て、ようやくスタートラインなんだから」

「少しぐらい成長を褒めてもバチは当たらないと思うんだけどなー」


 結局、上から目線の白波に奥歯を噛み締めながら対応する俺。


「紅茶はもう結構よ。下がってちょうだい。それと春太」

「なんだよ」


 俺の前に立ち、何か言いたげに、視線を泳がせる白波。

 気恥ずかしそうに頬を赤く染め、キュッと閉ざした口を開く。


「紅茶……美味しかったわ。ありがとう」

「え、あ、その……お粗末様です」


 見たことのない白波の表情にドキッとしてしまい、変な口調で答えてしまった。

 恥ずかしくなったことを悟られないように、少し慌てて紅茶の片付けを済ませて、部屋を後にする。

 部屋を出てから少し離れたところで、一気に息を吐き、深呼吸して心を落ち着かせる。


「春太さん」


 息を吸い込んだタイミングで話しかけられ、咳き込んでしまう。


「大丈夫ですか?」

「ゲホッ! だ、大丈夫です。次の仕事ですか?」

「それもありますが、その前に……申し訳ございませんでした」


 美鈴さんは突然俺に深々と頭を下げる。

 訳もわからずアタフタしていると、美鈴さんが話す。


「先ほどの紅茶、大変美味しかったです」

「それは……どうも」


 美味しかったことが、なぜ謝罪につながるんだ?


「お嬢様のために喜んでもらうために淹れられたというのに、私は疑ってしまいました」


 たしかに、あの時の美鈴さんはかなり警戒していたな。


「なにぶん、お嬢様の性格は敵を作りやすいので、今回も同様に、何かしらの細工が施された紅茶だと判断していました」

「白波の性格は認めるんですね」

「主人とはいえ、客観的な判断を鈍らせるわけにはいかないので。ですが、今回のことで、私もまだ未熟だと実感いたしました。お嬢様が認めた人を疑うなんて」

「認めた? いやいや、俺が雇われたのは、白波が俺をおもちゃ代わりにするためで」


 と、事実を言ったつもりなのだが、美鈴さんにため息を吐かれてしまった。


「おもちゃ代わりに同級生を雇うなんてことありますか?」

「そう言われると……」

「お嬢様は旦那様に頼み込んだのですよ。最近アルバイトをクビにされて困ってるクラスメイトを雇いたいと」

「ちょっと待ってください。それってつまり……俺のために雇ったってことですか? なんで白波がそんなことを」

「お嬢様ではありませんので、本心は分かりません。ですが、お嬢様から、よく『庶民』とい方の話を聞かされていました」

「そ、そうですか」


 実は俺のために雇ったとか、俺の話をしていたとか、なんなんだ白波の奴。

 でも、理由はどうあれ、俺のために動いてくれたのであれば、この仕事に全力を出さないとな。


「さて、お喋りはこれぐらいにしましょう。春太さんにはまだまだ教えることがたくさんありますから」


 少し微笑んでから美鈴さんは歩き出す。

 俺は気合いを引き締める意味を込めて、両頬を力強く叩き、ワゴンを押した。

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