第3話
数日後、バイト情報誌から仕事を探す日々に追われていたが、ようやく今日の放課後に面接をしてくれるバイトを見つけることができた。
藁にもすがる思いで、俺は学校が終わってすぐに面接に向かう……はずだったんだが。
「ねぇ、庶民。この後時間あるわよね?」
帰ろうとする俺に白波が立ち塞がる。
「ないです。俺は忙しいんで」
「そう……
「はい、お嬢様」
ちょっと待て、そのクール美人なメイドさん何処から出てきた。
というかなんで平然と部外者が学校に入ってきてるの?
「これ、連れてきて」
「かしこまりました」
気がつけば、俺は全身を縄で縛られ、メイドさんに米俵のように担がれて運ばれていく。
「ちょっと待て! 俺はこれから用事があるんだよ!」
「キャンセルしなさい。私の用事が最優先よ」
「どういった理屈で白波の用事が最優先なんだよ!」
「私の誘いだからよ!」
もうやだこのお嬢様、天上天下唯我独尊すぎる。
「お嬢様、本当によろしいんですか? この方を屋敷に連れて行くとのことですが」
「いいのよ。そっちの方が色々と説明しやすいし」
「屋敷!? まさか白波の家に連れてかれるのか!?」
「そうよ、有り難く思いなさい」
「何が有り難くだ! 俺を解放しろ!」
「うるさいわね……美鈴」
「かしこまりました」
一瞬にして口にガムテープが貼られ、塞がれてしまった。
そのまま、学校の前に停められた黒塗りの車の中へ放り込まれる。
そして白波も乗ると、メイドさんは俺達を乗せて、車を走らせる。
十分もかからない内に、目的地に到着したのか、車から降ろされる。
それと同時にテープと縄が解かれる。
だが、口元が自由になったというのに、俺は言葉を詰まらせる。
目の前のバカデカイ西洋風の白い屋敷を目にしたら、誰だってこんな反応になるはずだ。
おまけに玄関の前では、数人のメイドが横に並んで軽くお辞儀をしていた。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
俺と同い年ぐらいのメイドが近寄ると、白波はそのメイドに鞄を手渡す。
「
「はい、問題ございません。今朝ご指示された通りに、清掃も済ませております」
「わかったわ。美鈴、すぐに紅茶の用意をお願い」
「かしこまりました」
連れてこられた当事者の俺は流れるがままに、屋敷に入り、よくわからず、応接室と呼ばれる部屋へ通されると、黒皮のソファに座らされた。
対面には白波が足を組み、その横でメイドの美鈴さんが紅茶を二人分注いでいる。
「どうぞお嬢様」
「ありがとう」
白波が紅茶に口をつけるのを確認してから、習うように俺も紅茶を一口。
これは紅茶の中では美味しい……のか?
飲み慣れない紅茶に首を傾げていると、白波が掌を上に向けて、俺に差し出す。
「早速よこしなさい」
「よこすって……何を?」
「履歴書よ。持ってることは知ってるんだから」
あぁ、履歴書ね。
俺は素直に履歴書を渡す。
が、後になって、なぜ白波に履歴書に渡してるのかと、自分に問いかけていると、白波は履歴書に目を通し、鼻で笑う。
「資格の一つもないのね。これでよく私の元で働こうと思ったわね」
「ちょっと待ってくれ。働くってなんのことだ?」
「喜びなさい庶民。これからあなたは私の使用人として働くのよ」
「は!? なんで!?」
「仕事を探してたんでしょ? ちょうど新しいおもちゃが欲しかったのよ」
おい、使用人からおもちゃに降格してるぞ。
「いや、そもそも勝手に働く前提になってるけど、俺にも選ぶ権利はあるからな? それに仕事内容も全くわからないし」
「私の言うことを素直に聞いて実行する、とても名誉でやりがいのある仕事よ」
この世で最も割を食いそうなロクでもない仕事内容だな。
「仕事内容は、主に私の指示で雑務をしていただきます。お嬢様の言いつけを守ることはもちろんなのですが、度を超えた言いつけは気にしないでください。あくまで、仕事ですから」
しっかりとフォローを入れてくれる美鈴さんに少し安心しながら、面白くなさそうな顔をしている白波にため息を漏らす。
「仕事はなんとなくわかりました。でも実際どうなんです? 俺は学生ですから、深夜まで働けませんし、学校関係でシフトを変えてもらう場合もあります。何より、給料はどうなっているんですか?」
「シフトに関しましては問題ございません。それと、給料なのですが、これぐらいを予定しております」
そう言って、渡された書類に目を通す。
「高校生ということもあり、少々金額は落とさせて頂いおります。満足いかないかと思いますが、ご了承ください」
書類には一般会社員の給料以上の金額が書かれてるんですけど。
「問題なければ、こちらにサインをお願いいたします」
契約書を目の前にして、俺は少し考える。
あの白波からの提案だ。何か裏があるに違いない。
だけど、こいつの道楽に付き合ってこの金額。
あのアパートの家賃であれば、給料日前に訪れるもやし生活ともおさらば。
苦渋の選択ではあるが、背に腹は変えられない。
こんな好条件のバイト、どこを探しても見つかるはずがない。
俺はサインして、美鈴さんに手渡す。
「これでいいですか?」
書類の確認をする美鈴さん。
「問題ございません。仕事は明日からお願いいたします。これからよろしくお願いいたします。春太さん」
「私の下で働けることを感謝しなさい! 庶民! いえ、もう私の使用人なんだから、庶民は流石に品位を感じないわね。こらからは春太って呼んであげる。有り難く思いなさい」
いつも以上に偉そうだな。
でも、雇い主だから反撃できない。
「わかったよ。それじゃあ、俺はこれで」
席を立って帰ろうとするが、さっきまで白波の隣にいた美鈴さんが扉の前に立っている。
「どこへ行くのですか?」
「いえ、帰るんですけど」
「帰るって、どこに帰るつもりよ」
背後から白波は不思議そうな声色で尋ねてくる。
「自分の家に決まってるだろ」
「春太の家はここじゃない」
何を言ってるんだこのお嬢様は。
「いつから俺はこんな豪華な屋敷に住み着いてるんだよ」
「今日この瞬間からです」
と、何故か美鈴さんが答え、先ほどサインした書類を見せる。
「この契約書にも、住み込みで働くことが条件だとかいてありますので」
そう言われ、俺は契約書を注意深く読む。
金額に目が眩み、他の部分を見落としていた。
「俺の見落としとはいえ、急にそんなこと言われても」
「ご安心を。すでに春太さんのアパートから荷物は運び出し、移動は完了しております」
「いつの間に!? というかそもそも鍵は!?」
「先ほど縛り上げた際に拝借し、他のメイドに渡しました」
「普通に犯罪じゃないですか!」
「細かいことにうるさいわね。いいじゃない、引越しの手間を省いてあげたんだから」
こいつ、俺が断ったらどうするつもりだったんだよ。
と、聞きたいが、恐ろしい回答をされそうだから言葉を飲んだ。
「美鈴。お父さんとお母さんは今日は帰ってくるのかしら? 一応雇う許可はもらってるけど、春太を紹介しておきたいのだけれど」
「旦那様と奥様は仕事で一週間ほど帰宅されないとのことです」
「そう……ならいいわ。美鈴、春太を部屋に案内してあげなさい。それから、この屋敷の説明も」
「かしこまりました。春太さん、こちらへ」
美鈴さんに促され、部屋を後にする。
扉が閉まる直前、白波の顔がなんだから寂しそうに見えた気がした。
「まずは春太さんの部屋に案内させてもらいます」
歩き始める美鈴さんの後ろを小鴨の如くついていく。
…………会話がなくて、気まずい。
こちらから何か話題を振った方がいいか?
でもなんて話しかければいいんだ?
今日はいい天気でしたねとかか? だんだん暑くなってきましたねとか?
「春太さんは、お嬢様とはどういったご関係なのですか?」
会話デッキを組もうとしていると、美鈴さんが沈黙を破る。
「関係って……白波とはただ隣の席ってだけで」
「そうですか……それと、春太さん。学校ではともかく、ここで働く以上、お嬢様のことはしっかりと『お嬢様』とお呼びください……いいですね」
こちらに鋭い視線を向けられ、背筋が伸びる。
多分だけど、この人怒ってる。
「着きました。ここが春太さんの部屋です」
二階の角部屋の前に連れてくると、その扉をあける。
シミや破れひとつない真っ白な壁に、木製のテーブルが一つ。
そして大きなベットが置かれ、部屋の中心にはアパートから運んできた荷物が置かれていた。
「荷物は全部運んではあると思いますが、後で確認してください」
「は、はい。ありがとうございます」
「この後はこの屋敷を案内します。何か質問があれば、その時にしてください」
美鈴さんの後ろについていきながら、屋敷の説明を受ける。
色々な部屋を紹介されたが、まったく覚えられる気がしない。
終始メモを取りながら、ついていくが、まぁなんと言っても広い。
100メートル走が出来るぐらいだ。
しかも二階建てともあれば、部屋一つずつがだだっ広い。
食事をする部屋なんて、一度に何十人が座っても問題ないように設計されている。
とりあえず、ざっくりではあるが、一階部分はゲストを呼ぶための部屋が多く、二階はプライベートであることは覚えた。
つまり、基本的に風呂と食事以外の生活は二階で過ごすこととなる。
「屋敷の案内は以上になります。何かご質問は」
「ない、です」
案内だけで三十分以上費やされ、自分の価値観とのギャップに精神的にどっと疲れる。
「しっかりしてください。明日からはここの使用人なのですから」
「が、頑張ります」
情けない声色で返事をしたと同時に、屋敷に響く低音の鐘の音。
それを聞くや否や、美鈴さんは腕時計に視線を落とす。
「夕食の時間ですね。本来でしたら、主人の後に使用人が食事を取ることになっていますが、今回はお嬢様のご指示で、春太さんには同席していただきます」
そう言われて、食堂に通される。
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