第2話
「ありがとうございました!」
ラッシュ時間の夕方六時を過ぎ、レジは一段落。
「高垣君。レジ変わるから、品出しお願いね」
「わかりました」
「あ! それと、昨日ちょっと肉じゃが作りすぎちゃったから、高垣君もらってくれないかしら?」
「いいんですか!?」
「いいのよ! 仕事が終わったら、渡すわね」
おばさんの気遣いに甘え、肉じゃがをいただく約束をする。
今日の晩御飯の作りだめをしていなかったから助かった。
「あの、高垣君」
背の高い男の先輩が俺に話しかけてきた。
「田中さん、なんでしょうか?」
「言いづらいんだけど……店長が呼んでる。今すぐに来いって」
その一言で和気藹々としていた空気が凍りついた。
「……わかりました」
「高垣君! 何か言われたらおばさんに言いなさいよ!」
「ありがとうございます」
おばさんにレジを任せて、事務所へと向かう。
事務所の扉を開けて、中に入る。
パイプ椅子に肉がはみ出した肥満体型の無精髭を生やした中年男性がスマホをいじっている。
サボっていることを隠す気もないのか、スマホからゲーム音が大音量で垂れ流されている。
「ん? おぉ、高垣。待っていたよ。ちょっと待ってろよ」
ゲームを一区切りさせると、俺をパイプ椅子へと促す。
「まぁ、座れよ」
言われた通りに座る。
「えーっと、お前、ここに来て何年になるんだ?」
「……一年ちょっとです」
「そうか、一年か……」
手元の書類と俺を見比べる店長。
「まだ、一年だっていうのに、過去に早く帰ってる日があるじゃねぇか。それも一週間近く」
「それは、前の店長のご好意で、テスト期間中は他の人よりは早く帰らせてもらっていたので」
「その分、他のバイトやパートに迷惑がかかっていたとは思わんのか?」
たしかに、そう思わなかったわけではない。
しかし、前の店長に閉店時間まで残ると言っても、『勉強を疎かにしてはいけない』とのことで、時間を調整してくれた。
他の先輩やおばさん達からも、気にしなくてもいいと言ってくれた。
「それはわかっています。ですから、夏休みや冬休み中はその分長く働かせてもらいました」
「そうはいうけどね? いてほしい時にいてくれないと、こっちが困るんだよ」
この人は一体何が言いたいんだ? 俺でストレス発散をしたいのか?
だが、俺の予想を超えた一言が店長の口から放たれる。
「やっぱり、お前をクビにするか」
「……は?」
「いやな、昨日新しくバイトを雇ったんだよ」
「雇ったって……人はこれ以上いらないですよね。なんで今バイトなんか」
「どうしてもここで働きたいっていうからな。それに、仕事できそうな子だったからな。ただ、これ以上人件費を増やすことはできないからな」
「それで、俺をクビにするってことですか」
「どうせ、小遣い目当てなんだろ? そんなの、両親に頼んでもらえってんだ」
「……両親はもういません。二年前に亡くなったって、説明しましたよね」
「そうだったな。まぁ、ならなおさらいいじゃねぇか」
俺は店長の言葉に耳を疑った。
「何がいいんですか?」
自然と拳を力が強まる。
店長は不快な笑みをこぼしながら、決定的な一言を口にした。
「両親の保険金がたんまりあるだろ? それなら当分は遊んで暮らせるじゃねぇか」
俺を引き止めていた何かがプツリと切れ、俺は椅子から立ち上がり、店長に掴み掛かる。
「な、何すんだテメェ!」
「何が遊んで暮らせるだ! 両親の命で得た金なんて、使えるわけねぇだろ! 父さんと母さんが俺のために残してくれたのものを、お前は!!」
「やめるんだ高垣君!」
事務所に飛び込んできた田中さんが俺を店長から引き離す。
「なんで奴だ。店長の俺を襲うなんて」
悪びれた様子もなく、立ち上がった店長。
しかし、辞めさせる口実を見つけたことで、不適な笑みをする。
「こんな乱暴な奴がいつお客様に手を挙げるか、わからんな。今日限り、お前はクビだ。いいな!」
そう言って、タバコを取り出し、外へと出ていく。
「すまない。こんなことになって」
と、謝る田中さん。
「いえ、むしろありがとうございました。田中さんが止めてくれなかったら、高校を退学になるところでしたから」
「でも君はいいのかい? ここ辞めて働く場所はあるのかい?」
「わかりませんが、なんとかします」
「そうか。でも、君がいなくなると僕達は困るよ。君は働き者だったからね」
「大丈夫ですよ。店長が言うには、新しい人が入るみたいですから」
そう答えると、田中さんの表情は曇る。
「そのことなんだけど、どうやらその子、女子大生らしくて」
田中さんの一言で、俺は全てを察した。
「もしかして、店長がバイトの募集を続けたのって」
「君の考えてる通りだよ。可愛い子を雇って、自分の側に置きたいみたいだ。もちろん、採用された子はそのことは知らないよ」
あのクソ店長、店を自分の国か何かと勘違いしてるのか?
「なんにせよ、もう俺はここのバイトじゃなくなりましたから。あと、新島さんに謝ってもらっていいですか? 肉じゃが、もらえそうにないですって」
「わかったよ」
俺は制服を脱ぎ、私服に着替え、洗わずに畳んでその場を後にする。
こんなにも簡単にバイトを辞めさせられるものかと、絶望しながら、俺は自宅へ戻る。
歩くには心許ない明るさだと言うのに、俺は荷物を放り投げ、そのまま布団の中に潜り込む。
何の音もしない部屋で、俺は布団にくるまりながら、今後のことを嫌でも考えてしまう。
バイトを辞めさせられた。これからどうすればいいんだ。父さん達の金に手をつけるか?
学費以外で使うなんて、嫌だ。それじゃあ、一人で生きていくとは言わないだろ。
だが、バイトを見つけられるのか?
「だぁ!! 後ろ向きに考えても仕方ねぇだろうが! どうせあんな店長の下で長く働けたとは思えなかったんだ。辞めるのも時間の問題だった! それでおしまい!」
ネガティブな俺を黙らせ、次へと繋げるため、スマホを使ってとにかくバイトを探す。
幸い、明日明後日は土日だから、その二日で絶対に見つけてやる!
たしかに、去年は全然見つけられなかったけど、もしかしたら一人ぐらい雇ってくれる店があるかもしれない!
善は急げだ。
俺は部屋の電気をつけ、去年の履歴書の余りを引っ張り出し、十数枚書き上げる。
そして片っ端からアルバイトを募集しているところに連絡をした。
「とりあえず十件。写真は、明日一に撮りにいくか」
明日に備えて、俺は早めに就寝する。
「おーい。春太ー。生きてるかー?」
「もうほっといてくれ」
俺は机に突っ伏しながら、頬を濡らしていた。
土日で受けた面接が全て落ちたからだ。
十件中五件が、俺が高校生であることを知り、苦い表情をし、残り五件中四件は不採用の連絡が届き、最後の一件に関しては閉店が決まったとかで、結局バイトを見つけることが出来ずにこの有様だ。
その後も、一週間必死に探してみたが、どこも人が足りているからか、はたまた、俺が高校生だからなのか、どこも雇ってはくれなかった。
このままでは、本当にあのお金に手を出す必要がある。
「また不採用通知がきたのか? もう諦めて、高校生活を楽しんだらどうだ? 流石に、両親もそれぐらいは許してくれるだろ」
「いや、これは俺の気持ちの問題なんだよ。親戚の前で一人で生きていくって、言ったんだ。家賃すら稼げないで、一人で生きていけてるとは言えないだろ」
「とは言うけどな。働けてないのは事実だろ」
それを言われると、俺は何も言えない。
「少しは自分を甘やかしても──あー、もうそろそろ自分の席に戻ろっかなー」
不自然に話を終わらせた朔弥。
まぁ、おおよ予想はつくけどな。
「庶民! 相変わらず辛気臭い顔をしているわね!」
朝から甲高い声で話しかけてくる白波。
「ほっといてくれ。俺は今お前と遊んでる暇はない」
「何を言ってるの? 私と話すだけで有意義な時間なはずよ? それに、私はあなたに話があるのよ」
「俺にはない」
「話というのは」
無視かよ。
「あなたの望みを言いなさい!」
またその話か。
教科書を貸して以来、白波は何かと俺の望みを叶えようとしてくる。
庶民である俺に助けられたことが、未だに納得がいってないようで、何かと借りを返そうとしてくるのだ。
「じゃあ、何もするな」
「あなた馬鹿にしてるの?」
「馬鹿にしてないけどな、俺は今忙しいんだよ」
俺は鞄からバイト情報誌を開き、条件の合うバイトを探してみる。
深夜勤務がなく、それなりにお金が稼げて、学校終わりに働けるバイトは……って、中々ないよな。
それに、テストのことも考えると、シフトがそれなりに融通がきくところでないと。
正直、前の店長が気を遣って、テスト前からシフトを少なくしてくれたおかげで、赤点を逃れられていたようなものだ。
「なに? 結局お金が欲しいなら、そう言いなさいよ! もしかして、私にいらないと言ったから、言い出しづらくなったのかしら?」
「そうじゃない。俺はお金が欲しいんじゃなくて、働く場所が欲しいんだよ。生活していくために」
「ん? それはお金が欲しいからよね?」
「ああ、そうだ」
「なら、働く場所じゃなくて、お金をもらった方がいいじゃない」
「そういうことじゃないんだよ。まぁ、お嬢様には関係ない話だがな」
と言い返すと、白波は何か考え始める。
何を考えているか知らないが、黙ってくれれば好都合だ。
俺はバイト探しを続ける。
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