新米の俺に対するお嬢様の評価が爆上がり

第1話

 朝、目覚ましの音と同時に起床。

 お世辞にも綺麗で快適と言えないボロアパートの台所で朝食を作る。

 小さなテーブルで朝食を済ませると、身支度を整え、両親の写真に向かって手を合わせる。

 それが俺、紫陽花あじさい高校二年の高垣たかがき春太はるたのルーティーンだ。


「父さん、母さん、行ってきます」


 俺は鞄を持って学校へと向かった。

 両親が死んだのは約二年前、冬休みに入った直後のことだった。

 あの日のことはよく覚えている。

 旅行に行こうと、両親から誘われたが、親よりも友人との約束を優先した俺は旅行を断った。

 今思えば、多感だった俺は、親と過ごすことに少しだけ嫌気がさしていたのだろう。

 だけど、それが最後の時間だとは思いもしなかった。

 旅行先で死んだことを知らされたのは、両親が出かけた次の日だった。

 それからの記憶はよく覚えてない。

 気がついたら、すでに両親の葬儀が終わり、俺の今後をどうするかを親戚同士が言い争っていた。

 誰もが他の親戚に俺を押し付けようとしている姿に俺は、


『両親の遺産もあるので、これからは一人で生きていきます』


 それを聞いて口では心配そぶりを見せるが、ホッとした表情をする親戚の顔は滑稽だった。

 形式上の後見人をたて、高校入学前には一人暮らしを始めた。

 両親の保険金や、俺の今後の学費のためにと貯めておいてくれた貯金のおかげで、何もしなくても高校生活を送れることは出来る。

 だけど、それでは一人で生きていくとは言えない。

 そう思った俺は、バイトをしながら、格安のアパート暮らしをしている。


「春太おはようさん!」


 教室に着き、自分の席に鞄を置いた瞬間、背中を強く叩かれた。


「朝から元気だな。朔弥さくや


 この軽そうな茶髪の男子生徒は立花たちばな朔弥。

 高校入学してすぐに意気投合した友人だ。

 見た目は軽そうではあるが、陸上部に所属し、真面目に部活に励んでいる。

 茶髪も染めているわけではなく、陸上を長年やっているために、日光で髪色が変わったとか。


「あったりまえだろ! 今日も走ってきたからな! なにより女子の運動する姿が眼福だったからな!」


 と、だらしなく鼻の下を伸ばす朔弥。

 真面目ではあるが……まぁ、バカではあるな。

 そんなことを思いながら、椅子に座った。


「なんだよ。朝から元気ねぇな」

「こっちは昨日のバイトで疲れてんだよ。ったく、あの無能店長」

「あぁ、新しく変わった店長が色々問題ある奴なんだっけ?」


 思わず、愚痴をこぼしてしまうと、朔弥に同情される。

 俺は学校が終わるとすぐに、近くのスーパーでバイトをしている。

 その時に俺を採用してくれた店長には感謝しかない。

 それに、職場の先輩やパートのおばさん達にもよくしてもらっていた。

 だけど、四月になり、店長が変わることになった。

 その店長というのが、お世辞にも仕事の出来る人とは言えない。

 基本的に仕事は俺達任せ。

 事務仕事に集中しているのかと言えば、そうではなく、スマホをいじって時間を潰したり、お気に入りの女性店員を呼んではだらだらと無駄話をしている。

 そのせいで仕事が遅れても、特に手伝うことはせず、俺達に押し付けて、先に帰ることだってあった。


「それなのに、よくお前そこのバイト続けてるよな。辞めちゃえばいいのに」


 と、朔弥は言うが、そこのバイトは何件も探して、ようやく採用された場所だった。

 つまり、次のバイトを見つけられる可能性が低い。

 なにより、今のバイトの先輩達やおばさん達は好きだから、辞めたくはない。


「色々あるんだよ」


 窓の外をぼんやりと眺めていると、校門前に一台の黒塗りの車が停まった。

 メイド服を着た女性が運転席から出てくると、後部座席を開ける。

 そこから出てくるのは、金髪に大きな瞳の女子生徒。

 端正な顔立ちは、百合の花を彷彿とさせる。

 女子生徒を送り届けたメイドは彼女にお辞儀をしてから車でその場を離れる。

 そして、女子生徒は、ポニーテールを揺らしながら、校舎へと歩いていく。


「今日も車で登校とは。流石、白波しらなみ家のご令嬢だな」

「そうだな」


 白波冬花とうか

 この学校の生徒であれば、誰もが知っている名前。

 白波家の一人娘であり、噂ではバカデカイ屋敷に住んでいるとか。

 箱入り娘だからなのか、俺達を見下すような言動が見られる。

 しかし、その見た目から、告白をする男達は絶えず、毎週彼女に挑戦する者がいるが、屍が増えるばかり。

 俺とは住んでいる世界が違い、出来れば関わりを持ちたくないのだが、そうはいかない事情がある。

 それは……


「あら、今日も庶民は冴えない顔をしてるわね」


 このお嬢様が俺の隣の席だからだ。


「冴えないのは元々だ。あと、わざわざ話しかけてくるな」

「私みたいな美少女に話しかけられるんだから、邪険にされる筋合いはないはずよ? 逆に感謝してほしいくらい」


 上から目線の物言いは相変わらずだ。

 いつのまにか朔弥の奴は、俺を見捨てて自分の席に逃げている。


「するわけないだろ」


 俺をいじりがいのあるおもちゃと勘違いしているのか、毎日毎日飽きもせずに、絡んでくる。

 正直さっさと席替えをしてほしい。


「口ではそんなこと言ってるけど、内心嬉しいんでしょ?」


 自意識過剰と言いたいところだが、男子からの人気とお金持ちの令嬢であることを考えると自意識過剰になるのは、自然なことなのだろう。

 だが、イラッとした事実は曲げられないので、ちょっと反撃。


「むしろ嬉しいのはそっちじゃないのか? 言い寄ってくる男はいるけど、白波が友人らしき奴と話してるところ、見たことないぞ?」

「はっ! それで反撃したつもりかしら? 残念ね。私とこの学校の生徒じゃ格が違いすぎて、友人なんて対等な関係なんてありえないわ。一人でいるのだって好きでいるだけ」


 その割には随分と早口ではないですかねお嬢様。


「じゃあ、格の違う俺と話す価値なんてないだろ?」

「そうでもないわよ。つまらない学校生活の数少ない暇つぶしなんだから」

「白波家は随分といい趣味をお持ちなようだな」

「あら、褒めてくれるなんて。今日は嵐かしら?」

「安心しろ。嫌味だから今日も快晴だ」


 こんなやりとりが毎回起こるもんだから、朝からストレスが溜まる。

 しかも、これが朝だけではない。

 授業と授業の合間の休憩時間中。


「さっきの小テストは簡単だったわね。私はもちろん満点だけど、庶民はどうだったの? もしかして、半分しか当たってないのかしら?」


 昼休み中も。


「そんな貧相なお弁当でよく満足できるわね! 仕方ないから恵んであげるわ。ほら、パセリ」


 休む時間さえ与えてくれず、五時限目が終わるまでストレスが溜まる一方。

 どうせこの時間も白波に邪魔される……そう思っていた。

 白波は一向に俺に話しかけてこない。

 意図して話しかけてこないというわけではなく、そんなことをしてる余裕はないと言った様子だ。

 何度も机の中を確認し、鞄をひっくり返し、机の上に中身を広げる。


「何してんだ? こんなところで店でも開くのか?」


 と、話しかけるが、


「うるさい! 今庶民に関わってる暇はないのよ」


 妙に焦った様子の白波。

 まぁ、俺に突っかかってこないのだから、わざわざ構いにいく必要はない。

 少しして、現代文の教師がやってくると、授業が始まった。

 前回のおさらいをしている中、俺はあくびをひとつする。

 ふと、隣の席が視界に入った。

 顔面蒼白な白波は視線を落としている。

 その視線の先にはノートが一冊だけ置かれていた。

 ははん、なるほどな。教科書を忘れたのか。

 白波のことだ。誰かから借りるなんてことは、プライドが許さないのだろう。

 そもそも借りる友人がいるかも怪しい。


「さて、じゃあこの小説をこちらの列から順番に読んでもらいましょう」


 そう言って教師が指した列は俺達の列。

 そうなると次に読む列は白波達の列ということになる。

 目に見えて白波の焦燥感が伺える。

 ただ一言、隣の奴に声をかければいいのに。


「次、高垣」


 名前を呼ばれるが、俺はチラッと白波を盗み見る。


「どうした? 早く読まないか」


 心の中でため息を吐きながら、俺はそっと手を挙げる。


「すいません。教科書忘れたんで、隣の白波さんに借りてもいいですか?」

「それならさっさと言わんか。白波さんに迷惑をかけるんじゃないぞ」

「はーい」


 俺は白波と席をくっつけ、あたかも白波から借りたように教科書を出し、朗読する。

 読み終えた俺に、白波は小さく声をかけてきた。


「どういうことよ。一体何がしたいの?」

「なんのことだ? 俺は教科書を忘れた。んで、仕方なく白波に頼んで教科書を共有してもらった。それだけだぞ?」


 あくまで俺が忘れたと貫き通す。

 それをわかったのか、白波はそっぽを向きながらボソリと呟く。


「借りを作るつもりないから」

「借りなんて作った覚えはないな」


 と言った感じで、無事に最後の授業を終え、現在ホームルームが終わったところ。

 俺は帰り支度を済ませ、よし帰ろうと思った瞬間、隣から声をかけられる。


「ちょっといいかしら」


 立ちあがろうとした俺を、不機嫌な顔で見下ろす白波。


「私、借りを作るつもりはないのよ。だから喜びなさい庶民。私ができる範囲で貴方の望みを叶えてあげる。もちろん、私と付き合いたいなんて身の丈にあっていない願いはお断りよ」

「だから、借りを作った覚えはない。これからバイトがあるから」

「なら、当分は働かなくてもいいくらいにはお金を恵んであげるわ。私のお小遣いなら、それぐらい可能よ」

「いらない」

「な、なんでよ! わざわざ働かなくても良くなるのよ!?」

「それじゃあ意味ないんだよ。それに、元を辿れば、それは白波の親の金だろ? そんな金をもらっても借りを返したと言わないな」

「くっ! なら、貴方の望みはなんなの?」


 引き下がらないお嬢様に、ため息を漏らす。


「だから、借りを作った覚えはないって言ってるだろ。本当に時間ないから。じゃあな」


 スタスタと俺は教室を後にする。

 白波に呼び止められた気もするが、無視してバイト先へと向かった。

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