選択

「アオイ君は壊せると思いますか?」

「アレを無視して台座にあるコアを破壊するって意味か?」

「……はい。正直、私はあのモンスターに勝てる気はしません」


 視線の先には、棍棒を手にした身の丈は優に3メートルを越えた恰幅の良い巨人が立ち塞がっていた。


(トロールです。危険度はレッドです)


「コアを一撃で壊せるのなら……可能かも知れないが……相打ちになる可能性も高いかな……」


 コアの耐久、トロールの速さ、トロールの攻撃力……すべてが未知の状態で挑むのはリスキー過ぎる。


「相打ちになる可能性があるなら……」

「撤退だな」


 これが家庭用のオフラインのゲームなら……もしくは普通のオンラインゲームなら、多少無理してでも挑む価値はあるが、ライブオンラインは残念ながら命の数が有限だ。


 死ぬのを前提にしたゲームデザインのいわゆる『死にゲー』が未だに根強い人気を誇っているのに……何故、命を有限にするかな……。


 ライブオンラインの世界では、命は有限。


 その数は――3つ。


 3回死ねばキャラクターは削除され、作り直すことも不可能ときたものだ。


 ゲームはエンターテインメント。

 この仕様だけはテストユーザーとして絶対に、運営に物申そう。


「撤退しますか?」

「撤退だな……」


 多少の悔しさを胸に秘め、俺は結論を口に出した。


「ですね……。それで、どうしますか?」


 ダンジョンに突入してから9時間。現実リアルの時刻は19時40分か……。


「一旦ここからは離れるよう。時間的には丁度いいが……」


 普段のルーティンでいえば、19時は一旦落ちる時間だ。


 本音を言えば、せっかくの初ダンジョン。帰還石も勿体ないから、今日だけは特例にしてもう少しダンジョンで稼ぎたいが……。


「アオイ君が大丈夫なら……帰還石が勿体ないのでもう少し冒険を続けませんか?」


 ――!


 いい感じにゲーマーである俺の思考に影響を受け始めているようだ。


「カリンがそう言ってくれるなら、少し稼ごうか」

「はい! 帰還石の材料も探してみましょう!」

「だな」


 近い日のリベンジを誓い、俺はカリンと共にトロールから離れるのであった。



  ◆


 

 その後、2時間ほどカリンの【敵意感知】を頼りに経験値を稼ぎ、現実の時刻は20時30分。


「コレが帰還石の素材でしょうか?」


 カリンが手にしているのは、赤色に濁った鉱石だ。普通の岩とは明らかに色が違う岩を発見したので、【採掘】をしたところ、採れた素材だった。


(『魔鉱石』です。異世界特有の魔力を含んだ鉱石です。【鑑定眼】もしくは【アナライズ】があると、等級を判別することが可能になります)


 【鑑定眼】はたしか、鍛冶師と錬金術師が習得するスキルだったはず。


 【アナライズ】?


(【冒険魔法】の魔法となります)


 へぇ。冒険者は鑑定もできるのか。


 で、『魔鉱石』は帰還石を作成するための素材なのか?


(申し訳ございません。その情報は蓄積されておりません)


 ……了解。


 ちなみに、帰還石の素材を教えてくれ。


(申し訳ございません。その情報は蓄積されておりません)


「どうだろうな? カナザワシティに戻ったら調べてみるか」

「そうですね」

「レベルも11になったし、時間的にもいい感じだし、今回はこの辺で切り上げるか」

「はい!」


 レベルが上がり、未知の素材もゲット。トロールとは戦うことなく撤退することを選択してしまったが……デビュー戦としては上々か。


「今回は俺の帰還石を使って、帰ろうか」

「え……そんな、悪いです! 私の帰還石を使いますよ!」

「次回はカリンの帰還石を使う……これで決定な」

「……次回! そうですね! 次回もありますね! 次回は私の帰還石を使います! 約束ですよ!」

「お、おう」


 日本人の気質なのか、オンラインゲームあるあるなのか……人に貸しを作ることを嫌がる人は多い。コレらを互いにまったく気にせず、乗り越えることができた関係性の相手が親友となるのだろう。


 カリンとも、いずれそういう関係性になるのだろうか?


 んー、カリンの性格的に難しいかな?


「ん? アオイ君、どうしたのですか?」

「ん? なにが?」

「なんか、急に笑ったので……」


 どうやら、俺は苦笑を浮かべていたようだ。


「いや、なんでもない。カリンとは今後も末永く遊べたらいいな……と、思っただけだよ」

「――! は、はい! 今後も末永くよろしくお願いします!」

「おう! よろしくな。んじゃ、帰ろうか」

「はい!」


 俺は端末から取り出した帰還石を握り締めた。


 ブラックアウトした視界の中、独特な浮遊感に包まれ、ダンジョンの入口に戻った俺とカリンはログアウトするための安全な場所――カナザワシティホームタウンへと向かうのであった。



  ◆



 20分後。

 カナザワシティに帰還。


 フレンドリストを確認すると、ミランがログイン状態で鍛冶工房にいたので、ログアウトする前に軽く挨拶をすることにした。


「おっす! ただいま」

「ミランちゃん、ただいまー」

「お! いつもの時間に落ちないで、遊び呆けていた不良娘が帰ってきたね」

「もぉー! お母さんみたいなこと言わない! 今からログアウトするところだよー」

「あはは、ごめんごめん。それより、ダンジョンはどうだった?」

「えっと、コアの前に凄く大きくて強そうな敵がいたから逃げてきちゃった」

「へぇ……アオイの判断で?」


 カリンとじゃれ合っていたミランが、俺へと視線を向ける。


「そうなるかな」

「一戦も交えずに?」

「この世界ゲームはデスペナが重すぎるからな……挑むのは情報を集めてからだな」

「なるほど。慎重なことはいいことだね」

「んで、そっちはどうなんだ?」

「うちのクエスト?」


 俺は首肯する。


 ミラン――生産職には、俺やカリンのような戦闘職とは異なるクエストが用意されていた。


「ようやく、第一段階の終わりが見えてきたかな……。第二弾はもっと大変そうだけど」

「へぇ」

「このクエストを受けるプレイヤーの数が増えると……この世界はガラッと変わるだろうね」

「ん?」


 俺はミランの言葉を理解できず、首を捻る。


 この世界せかい


 世界に影響を与えるクエストなのか?


「ほら、よく周囲を観察してみな。最近になって、なにか変わったことはないかい?」


 俺はミランに言われるがままに周囲を見渡したのであった。

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