ダンジョンデビュー

 カナザワシティを発ってから40分。


「これがダンジョン?」


 場所は、金沢市に住む人なら誰でも知っている、香林坊こうりんぼうにある老舗の百貨店が建っているあたりだ。


「なんか、薄気味悪いですね」

「ダンジョンというより……ワープ装置だな」


 目の前に存在するのは、向こう側が漆黒となっており一切視認できない、暗く、深いうず


「ん? 行かないのか?」


 ――!?


 ダンジョンの前で呆けていたら、4人組のプレイヤーに声を掛けられた。


「あ、すいません。お先にどうぞ」


 軽く頭を下げて一歩下がると、


「サンキュー。互いに良い戦果があるといいな」


 あら? イケメン。


 先頭を歩くプレイヤーはシュタッと二本指を立て、爽やかな敬礼をかますと、渦の中へと消え去った。


「アオイ君、行きますか……?」

「行きますか」


 俺とカリンも先程のプレイヤーと同様に漆黒の渦――ダンジョンへと飛び込むのであった。



  ◆



 ブラックアウトした視界の中、何とも言えない独特な浮遊感に身を任せていると――突如、足に地面を踏みしめる感触が戻ってきた。


 いつの間にか閉じられていた目をゆっくりと開けると、荒廃した日本の姿とはうってかわり、濃密なほどに鬱蒼と生い茂る森が広がっていた。


「ここがカナザワダンジョン……?」

「ダンジョンってジメジメとした洞窟みたいな閉鎖的な空間をイメージしていました」

「俺もそうだな。コレだとダンジョンと言うより、異世界だろ」

「ですねー」


 しかし、気持ちの良い天気だ。


 背伸びをして、深呼吸をすると土と草と木がブレンドされた気持ち良い森の香りが鼻をくすぐる。


「さて、一本道どころか……360度どこでも行けるが、どうする?」

「どうしましょう……あ! アオイ君、見てください! 端末に地図が表示されていますよ」

「ほぉ」


 端末を操作しダンジョンアプリを操作すると、周囲50メートル圏内を映し出す地図が表示された。


 ん?


 この画面の右上と左下に光るドットはなんだ?


(ダンジョンコアの位置となります。10キロメートル圏内に存在する場合、その方向を示します)


 ダンジョンコアの位置ってあっさりと分かるのか。


(否。このダンジョンには多数のダンジョンコアが存在しており、膨張寸前となっております。その為、ダンジョンコアが近くに存在する確率が高くなっています)


 今このダンジョンにはダンジョンコアが162個存在してるんだっけ?


 それなのに、10キロメートル圏内に存在するダンジョンコアの数が2つだけ……。


 このダンジョンってどのくらい広いんだ?


「カリン、このドットはダンジョンコアの位置を示しているらしい」

「みたいですね」

「とりあえず、右上のドットを目指してみるか?」

「はい!」

「危険を感じたら即帰還石な!」

「はい!」

「後、どちらかが万が一……倒された場合、残された方は有無を言わさず帰還石を使う……オーケー?」


 ポジション的に先に倒されるのは、高確率で前衛の俺になるとは思う。強引に2人パーティーを提案した手前、カリンのデスペナルティだけは、何としてでも避けたい。


「……はい」

「絶対だからな!」

「はい」


 ライブオンラインは運営の正気を疑うほどにデスペナルティが重すぎる。


 安全マージンは出来るほど大きい方がいいだろう。


「それじゃ、出発しますか」

「はい」


 俺とカリンは、右上――北東のドットを目指し、未開の地を進み始めた。


 鬱蒼と生い茂る森の中を進むこと5分。


「アオイ君、東の方角に敵意を感じます」

「……? ――! 【敵意察知】?」


 突然、カリンが中二病に罹患したのかと思ったが、そんな訳はない。冷静に考えれば、巫女の魔法だ。


「はい」


 敵意を感じるってどんな感じなのだろうか? 凄く興味を惹かれるが……今は実務的な質問をすべきだろう。


「距離は?」

「えーっと、恐らく100メートルほど先です。敵の数は……恐らく5体。強さは……もう少し近付かないと分からないです」

「強さも分かるのか」

「はい。強さというか、危険度が分かります」

「便利な魔法だな」

「処理が大変で……まだ慣れてないですけどね」


 カリンは照れ笑いを浮かべる。


「どのくらい近付けばわかるようになる?」

「50メートルほどでしょうか」

「了解。それじゃ、行こうか」


 俺はカリンの指し示す方向へと歩みを進めると、


「アオイ君」


 程なくして、カリンが小さな声で俺を呼び止める。


「敵の危険度は?」

「黄色が1体。青色が4体。青は恐らくゴブリンファイターです」


 危険度だけでなく、敵の種類までわかるようだ。


「黄色か……久しぶりだな」


 レベルが8になり、ゴブリンファイターが青色格下となって以来、黄色同格とは遭遇していない。


「どうしましょうか?」

「1体の黄色相手に逃げていたら、このダンジョンで何もできないだろ」

「わかりました」


 俺の言葉の意味を理解したカリンは背負っていた弓を手にする。


「せっかくカリンの魔法で優位に立てているんだ。可能な限り……奇襲を仕掛けよう」

「はい」


 カリンと共にゆっくりと歩みを進めると――木々の間の拓けた地に、見慣れた4体のゴブリンファイターと、初見となる巨大なゴブリンがたむろしていた。


「大きなゴブリンですね」


 ゴブリンやゴブリンファイターは全長120〜130cメートルと小柄なのだが、今回初めて目にしたゴブリンは俺と同じくらい――全長が170cメートルほどの大きさだ。


(ホブゴブリンです。危険度はイエローです)


 ダンジョン産の同格の敵は如何いかほどか?


 俺は愛刀――『千姿万態』の柄を強く握りしめるのであった。

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