ステップ

 【体術】の慣らし運転としてポムスラ狩りを狩り続けること1時間。


「体術にはだいぶ慣れてきたな」

「ですね!」

「うちもいい感じになってきたよ」

「それじゃ、ターゲットを格上げするか」

「格上げということは……ゴブリンですよね?」

「うちはポムスラ以外と戦うの初めてだ!」

「え? ミランちゃん、初めてなのに素手で大丈夫?」

「んー、今だとハンマーよりも素手のほうが慣れてるかも」


 ミランは握った拳を見て笑顔を浮かべる。


「とりあえず、最初は俺が一対一で相手するか。倒せるラインを分かったほうが戦い易いだろ」

「お! 頼もしいねぇ」

「アオイ君、流石です! でも、無理は禁物ですよっ」


 昨日は、ゴブリンを相手に不覚にも無様な姿を晒してしまった。


 ……ゲーム……ここはゲームの中の仮想世界。


 ゲームは俺の得意分野。


 ゲームならば、プロを相手にしても遅れを取らない。ゲームならば、俺は誰にも負けない!


 ゴブリンがなんぼのもんじゃい!


 俺は、昼間に言われた虎太郎相棒の言葉を思い出し、己を鼓舞した。


「おうよ! 任せとけ!」


 俺は期待に満ちた視線を送ってくれるカリンにサムズアップで応えるのであった。



  ◆



 昨日、ゴブリンと遭遇した場所まで移動すると、幸先よく1体だけで彷徨うろつくゴブリンと遭遇エンカウントした。


「んじゃ、行ってくるわ」


 俺はカリンとミランに軽口を叩くと、ゴブリンの前に飛び出し、ファイティングポーズを構える。


「ギィ! ギィ!」


 ゴブリンは俺を視界に捉えると、ボロボロのナイフを振り上げて耳障りな雄叫びをあげた。


 ゲーム……コレはゲーム……。


 ゲームならば……どうする? 似たジャンルは無双系? 否……今の状況は序盤のソウルライク系だ。


 ソウルライク系の基本は後の先。


 ならば、すべきことは――挙動の確認。


 幸いなことにゴブリンは初見の敵ではない。攻撃パターンは右手に持ったボロボロのナイフを振り下ろす、或いは薙ぎ払うのみ。


 ならば、右手……いや、支点となる右肩に注目すれば攻撃は予測出来る……はず。


 俺はゴブリンの右肩に注目し、対峙する。


 ファイティングポーズを構えたまま、その場から動かない俺に業を煮やしたのか、


「ギィ!」


 ボロボロのナイフを振り上げたままの状態でゴブリンが襲いかかってきた。


 後は振り下ろすのを待って……いや、【連撃】の初速なら或いは……。


 勇気を出せ……コレはゲームだ。


 俺は迫りくるゴブリンへと一歩踏み出し、ボロボロのナイフが振り下ろされるよりも早く、


「――【連撃】!」


 右手で神速のジャブを打ち込みゴブリンの動きを牽制し、そのまま左手のストレートを顔面に打ち込んだ。


 手応えは十分だったが、ゴブリンはポムスラとは違い吹き飛ぶことなく後退りするのみだ。


「ギィ!」


 ゴブリンはボロボロのナイフを振り上げ、地を蹴った。


 ぬぉ……!? れ、【連撃】はまだCT中だよな……。


 下手に避けるな……踏み出せ!


 俺は後退りしそうになった足を止め、鉄の籠手で守られた腕を前に出し、振り下ろされたナイフの一撃を受け止めた。


 腕に多少の衝撃は感じたが、無傷と言っても差し支えはないレベルだ。


「ふぅ! ミラン! お前の籠手は最高だな!」


 俺は昂ぶったテンションを抑えきれず、ミランに感謝の言葉を叫びながらゴブリンを殴打。


「あはっ! ありがと!」


 手を振るミランの返事に反応する余裕は俺になく、不格好ながらも後退りし、ゴブリンとの距離を取る。


 ふぅ……ここまではいい感じだ。


 舐めプは厳禁……集中を切らすな……。


 俺は再びファイティングポーズを取り、ゴブリンと対峙。


「ギィ!」


 先程と同じくその場から動かない俺に業を煮やしたのか、ゴブリンはボロボロのナイフを振り上げ、襲いかかってくる。


 先程と同じならば!


「――【連撃】!」


 俺はゴブリンがナイフを振り下ろすより早く、右のジャブからの左のストレートを打ち込んだ。


(【体術】の熟練度が成長しました。【ステップ】を習得しました)


 お!


「――【ステップ】!」


 覚えたばかりのスキルを唱えると、誰かに引っ張られたかのような感覚と共に体重が自然と後ろへと流れ、その勢いのまま左足が地を蹴り、後方へと跳躍。あっという間にゴブリンとの距離を空けた。


「ははっ……こいつはすげーな」


 たかがステップ、されどステップ。


 多くのゲームではワンボタンで出せる基本動作ではあるが、仮想現実の世界で使うとここまでスピードを感じるのか。


 右眼を瞑ると、【連撃】のCTは残り2秒。


 ゴブリンの間合いを意識しながら、時間を稼ぎ。


 1.2……と。


 CTが終わったところでゴブリンとの間合いを詰め、三度カウンター気味に【連撃】を浴びせた。


 まだ倒れないのか。


 先程と同じ要領で【連撃】を浴びせると、ようやくゴブリンは光の粒子と化した。


「凄い! 凄いです! やっぱりアオイ君は凄いです!」


 ぴょんぴょんと飛び跳ね過剰気味に俺を称賛するカリンに対し、


「お疲れさん、途中で見せたあの動きが【ステップ】?」

「だな。凄いぞ」

「ほぉほぉ、それは楽しみだね」


 ミランは俺の戦闘云々よりも【ステップ】が気になっているようだ。


「どうする?」

「どうする……とは?」


 俺の質問にミランが首を傾げる。


「例えば、俺が【連撃】を3回当てておくとか」

「で、うちとカリンはトドメを刺すだけ?」

「1回で熟練度は上がらないかもだが、数回繰り返せば上がるだろ」

「いやいやいやいや、ないない。それはないって!」


 ミランは高速で手を振り、俺の提案を拒絶する。


「しかし、ミランは生産職だしカリンは遠距離ディーラーだろ?」

「将来的にはね! 今はノービス! アオイと同じノービス!」

「んー……そっか、いらん世話だったな。すまん……忘れてくれ」


 俺がミランと同じ立場なら、ミランと同じ返答をしていただろう。パワーレベリングではないが……無粋な提案だった。


「ううん。大丈夫。アオイの優しさは伝わったよ。他のゴブリンが乱入してきたときは、対応お願いしてもいいかな?」

「オッケー。任された」

「うぅ……。私も! 私も一人で頑張りますね!」

「おう! 頑張れっ!」

「はい!」


 その後、カリンとミランは自力でゴブリンを数体倒して【ステップ】を習得。俺はその間、ずーっと【ステップ】の練習に励んでいたのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る