日常(2日目)

 翌日。


 昨日はログアウトした後も、SNSを巡回したり、特設サイトや掲示板を覗いたりと、【ライブオンライン】の余韻に浸ってしまった。


 3時間は寝れたけど……眠いな。


 席に着くと、すぐさま机に突っ伏した。


「高橋君、おはよう」

「ん……おはよう」


 ……三浦さん?


 挨拶してくれたのはクラス……どころか学年、いや学校のアイドル――三浦みうら舞香まいかさんだ。


 清楚さ感じさせる黒いロングヘアーに、小動物のような愛らしい目鼻立ちに、こんな陰キャな俺にも朝の挨拶をしてくれる天使のような性格。


 まぁ、一言で言えば高嶺の花だ。


 俺は止まらない欠伸を噛み殺し、三浦さんの挨拶に応えた。


「ふわぁ〜……蒼空、おはよ」

「ん……はよ……朝から美男美女に声を掛けられたぞっと……」

「ははっ、朝から何を寝ぼけてるんだ? その様子だと昨日はかなり頑張ったみたいだな」


 続いて声を掛けてきたのは無駄に顔が整った悪友――虎太郎だった。


「いや、昨日は1時にログアウトしたな」


 俺と虎太郎ゲーマーの基準だと1時は頑張った内に入らない。


「ほぉ。蒼空にしては、早めのログアウトだな」

「知ってたか?」

「何を?」

「ログイン制限って0時にリセットされるんだぜ」

「あー! みたいだな。ログアウトしたときに知ったよ」


 虎太郎は苦笑する。


「んで、虎太郎は何時までプレイしたのよ?」

「3時だな」

「いい感じに夜更かしだな」

「その後に情報収集を兼ねて各種SNSとか掲示板を見て回ったから、寝たのは5時過ぎだな」

「レベルはいくつになった?」

「7だな」

「え? まじ?」

「ん? 蒼空は?」

「……4」


 すでにレベルが3も離されるとは……。


「は? まじ? あのアオイが?」

「マジマジ」

「ウソだろ……変な特別なクエストにでも手を出したのか?」

「うんにゃ。手を出したクエストは初心者クエストの1から3までだな」

「おいおいおい! 3度の飯より戦闘が好きなアオイはどこに行ったんだよ!」

「いやいやいや、どこの星の戦闘民族だよ」

「地球の? って、冗談は置いといて……マジでどうした? まさか、ライオンが合わなかったってことはねーよな?」


 虎太郎が心配そうに俺の顔を覗き込む。


「ライオンは楽しいよ。今までのゲームの常識を覆す、想像以上にクォリティーが高かったからな」

「だよな! だよな!」

「んー、レベルが低い原因か……強いて言えば、フレンドと歩調を合わせたからかな?」

「ほぉ……。知り合いでもいたのか?」

「いや、『初心者クエストⅡ』で知り合った、初めましての相手だな」

「あんなのは、その場でフレンド交換して、適当に外で雑魚を50狩れば終わりだろ?」

「まぁ、そう言われると身も蓋もないが……」

「……なるほど。状況は理解した」


 みなまで言わずとも、虎太郎はこちらの状況を察してくれたようだ。


「虎太郎と合流する頃には同格にはなれるようにするさ」

「頼むぜ、相棒!」

「へいへい。それはそうと、人型のモンスターとは戦ったか?」


 ライブオンラインについて、虎太郎と語りたいことはたくさんあったので、俺は次なる話題を投げかけた。


「人型? ゴブリンみたいなやつか?」

「そそ」

「ノーマルのゴブリンからレベル5で卒業して、今はファイター狩りをしているな」

「ノーマル? ファイター?」


 ゴブリンに種類とかあるのか?


「ノーマルはナイフを持った奴で、ゴブリンファイターは斧とか剣とか、盾を持った奴だな」

「ってことは、俺が相手をしたゴブリンはノーマルなのか」

「ノーマルが適正レベルなのは5までだな」

「そうなのか?」

「レベルが6になれば、ノーマルの危険度はブルーになる」

「へぇ」

「で、それがどうかしたのか?」

「いや、本当に大した話じゃないが……あいつらってリアル過ぎて怖くね?」


 俺は先日のゴブリンのボロボロのナイフが差し迫った瞬間を思い出す。


「まぁ、リアリティさは半端ないよな」

「だよなー」

「でも、ライオンはゲーム・・・だ」


 俺は虎太郎の鋭い視線を浴びて、押し黙る。


「ゲームである以上、俺と蒼空が遅れを取るはずがないだろ」

「いやいや、それは買い被り過ぎだろ。俺は数々の伝説を打ち立て、最強の名を欲しいままにしたプロゲーマーの虎太郎と違って――」

「おいおい、伝説の立役者――『正体不明アンノウン』がそれを言うか?」

「ちょ! おま……」

「蒼空、忘れるな。ライオンは現実と見紛うばかりだが――ゲームだ。俺たちの培った技術は確実に活かせる」

「まぁ、それは分かるが……ガードはともかく回避とか無理じゃね?」


 避けるべきタイミングはわかるが、身体が思ったように動かない。


「――? ひょっとして、すべての武器を試してないのか?」


 虎太郎の質問に俺は黙って首を縦に振る。


「マジかー! おい、蒼空! どうしちまったんだ? 蒼空――アオイと言えば器用貧乏とは一線を画す、すべてをハイクオリティにこなすオールマイティなプレイスタイルだろうが!」

「ちょ、虎太郎……声が大きいぞ……」


 ほら、何人ものクラスメイトがこっちを見ているじゃないか……。あ、三浦さんまでこっちを見て笑ってるし。


 俺は興奮状態の虎太郎を必死になだめるのであった。


「しかし、蒼空! 俺が思うにライオンは――」

「そろそろ朝礼の時間だ。話の続きは昼休みな」

「……だな」


 不貞腐れながら自分の席に戻る虎太郎の背を見届け、俺は再び机に突っ伏すのであった。

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