第21話 どうしてしまったのだろう

 目の前の時雨は誰かと話しているようだが、そこには誰もいない。一体、時雨はどうしてしまったのだろうか。私が寝ている間に何があったのだろうか。


「時雨、誰と話しているの?」


 素直に聞いてみるが、時雨からは悲しそうな視線しか返ってこない。どうしたのだろうか。むしろ、私のほうが悲しい視線を送りたいくらいなのに。起きたら妹が、謎の見えない人物と話してるという状況。悲しくもなる。


 その後、時雨に病院内の機械に連れまわされてたり、いろいろ質問されたりした。勝手に機械を使っていいのかと聞いてみると、どうやら裏で医師が動かしているらしい。なんか、今の病院はだいぶ自由になったと感じる。

 それにしても、この病院内で誰も人を見かけていない。病人はおろか、受付の人までもがいない。よく目を凝らしてみても、いる気配全くない。私が寝ている間に、何があったのだろうか。


 一度ベッドへ帰り、ゆっくりしていると。時雨が氷雨さんを連れてきたと言って虚空を指さしてきた。本当にどうしてしまったのか。まさか、世界から私と時雨以外が消えて、時雨がおかしくなったわけでもあるまいし。

 その後、時雨は優芽さんや麻音さんと言って、無を紹介する。だめだ、時雨はおかしくなったのだろう。いや、もしかしたら、おかしくなったのは私で、誰も認識できないようになってしまったのかもしれない。そんな妄想をすると、少し身震いがするが、そんなことないと信じたい。


「おにぃ、聞いて。おにぃはね、私以外を認識できないの」


 さっきまで妄想していた通りのことを伝えられる。いや、まさか、そんなわけがない。第一、そんな障害聞いたこともない。きっとこれはドッキリなんだ。もしくは夢の中。そうに違いない。


「時雨、ドッキリなら早く言って。流石に私でも怒るよ」


 焦りから少し声に怒気がこもる。時雨に本気で怒ったことなんてなかったのに。私もおかしくなってしまったのか。


「おにぃ。信じたくないのはわかるけど、ちゃんと考えて。私以外がこの病院にいないなんておかしいでしょ?」


「それは、ドッキリだから協力してもらって……」


「なら、駅前に行こっか」


 そう言われて、半ば強引に時雨に連れ去れる。そうして着いた駅前には誰一人として存在しなかった。それどころか、人の声すら聞こえない。

 ただ、車は道路を走り、無人の自転車が私の横を過ぎ去っていくことが、ここまでくるのに何度かあった。


 つまりは、本当に時雨を認識できないのだろう。いくらドッキリだとしても、ここまで凝ったものはできっこない。

 私は、目の前の事実を受け入れるしかなかった。時雨以外誰もいない。つまりは、時雨が消えたら一生孤独の世界になるということだ。そんな世界に、私は足を踏み入れてしまった。


「おにぃ、ここに来るまでに何度ぶつかりそうになったと思う?それに、ずっと氷雨さんは私たちの目の前にいたんだよ。今だってそう」


「そう、なんだ」


 たしかに何度か時雨に引っ張られることがあったし、時雨が誰かと話しているような雰囲気もあった。


 駅前に来たということで、ショッピングモールに入るが、もちろん誰もいない。店員はおろか、客もすら存在しない。今なら万引きし放題だと思うが、実際には多くの店員や客がいるらしく、したとしたら確実につかまるということだった。

 こうして、本来人が多くいるところに来ると、やはり孤独を感じる。時雨がいなくなると、買い物すらできなくなる。使えない人になってしまった。

 これじゃ、生きていないのとほぼ変わらない。


「時雨。私ってどうなるんだろうね」


「え?」


「いや、何でもない」


 私がこうなった原因は、杏子による心中だった。その時は自殺しようなんて考えすらなかったが、今は違う。この苦痛があふれた世界で生きていくのを、私が耐えられなくなれば、いずれは自殺という結論に行き着くだろう。

 杏子も、似たような世界で生きていたのかもしれない。私以外が、どうでもよくて、存在しなくてもいい世界。そんな世界で私から拒絶されたことによって、あの心中を図った。そういった背景があったのかもしれない。


「あのさ、杏子に会えないかな」


 今まで様々な人を見せられてきた。そのどれもが虚無であり、私の世界には存在しなかった。しかし、あの日一緒に落ちた杏子なら、私の二番目に大切な杏子なら、見ることができるかもしれない。

 そう思い、時雨に提案をするが、時雨はどうも晴れない顔をする。わかっている。あの日一緒に落ちた人物を好ましく思わないのは。それでも、私は杏子に会ってみたかった。


「おにぃ。本当にいいの?」


「大丈夫。今度は病院送りなんてことにはならないよ」


 むしろ、杏子が目覚めてすらいないかもしれない今だからこそ、会って存在を確認するほうがいいだろう。


「もちろん、私もついていくからね」


「じゃあ、何もできないお嬢様な私を守ってね」


 皮肉と冗談を込めて言うと、ふふと笑い声が聞こええる。目覚めてから笑う姿を見た。

 うん。やっぱり、笑っている姿のほうが好きだ。そのほうが輝いて見える。少し軽い気持ちになり、空を見上げる。


 を見つめながら、私は病院へと歩き出した。

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