第11話 杏子を私の家に泊まらせる

 杏子を私の家に泊まらせるまではよかった。けれど、どこで寝るかなんて考えていなかった。私の家には、空き部屋なんてない。だから、ベッドで寝るとなると、誰かと一緒に寝るか、誰かがリビングのソファで寝ることになる。


 案の定その話題になるが、意外にすんなりと解決する。杏子が私となると言い出したのだ。それに時雨は反対しようとしたが、氷雨さんに説得され、引き下がることとなった。

 久々に一緒に寝たいという気持ちがあったのだろう。そんなの、いつでもできると思うけれど。


 程なくして、寝る準備を終えた私と杏子は部屋に入っていった。部屋には布団が敷いてあり、私が普段寝ているベッドで寝るかと聞いてみたが、さすがに悪いということで杏子が布団で寝ることになった。


「さすがに、せんぱいの部屋がいきなり女の子風になりはしないんですね」


「もしそうなったら怖いよ。いや、体とか口調とか変わって怖いけどさ。」


 人体だけでなく、環境にまで影響することはないと信じたい。

 いや、時雨が私を好きになったのは、私が女の子になったからなのかもしれない。そう思うと、怖くなってきたな。私が周囲の心情にまで影響を及ぼす……考えたくはない。


「まま、とりあえず寝ましょ」


 杏子に促されベッドに入る。電気を消した室内は、月光が少し入る程度で、ほぼ明かりがない。たまに杏子がもぞもぞと動き布団が上下するのが見えるが、逆に言えばそれくらいしかわからない。


「せんぱい、起きてます?」


 急に声をかけられ、少し体が震える。別にごまかす気はないのだが、返事はしない。早く寝たいという気持ちもあった。

 私が返事をしないことを確認すると、杏子は立ち上がり、こちらへ歩み寄ってきた。そこで私は目を閉じた。いや、閉じてしまった。


「せんぱい……」


 今ここで起きないと取り返しのつかないことになる。そんな気がするが、体が動いてくれない。


 足音が、そばまで近寄ってくる。すぐそばに来ただろうという感覚がしたところで、目の裏が白くなる。

 あれ、まぶしい。部屋の電気をつけたのか。目を閉じてるといっても少しまぶしいから、目を開けてしまう。目に入ってきたのは、こちらを向いている杏子。というか、ばっちり目が合った。


「あ、起きてたんですね。せんぱい」


 手に持った電気のリモコンを置き、私が寝ているベッドに腰かけてくる。




 瞬間、世界が灰色に染まる




「せんぱい、何にも考えなくていいですからね」



 杏子の声が 聞こえる。近くに 杏子が いる。 杏子が 私の上に またがってくる。



「やっと、せんぱいと静かな場所で二人きりになれました」



 顔が近づいて 唇に 柔らかい感触が する。 それから 何回も 押し付けられる。



 服の中に 柔らかい感触が 入る。 何かが うごめく。 腰 へそ みぞおち 胸へ。



 からだが うごかない。



 あたまが はたらかない。



 これから なにをされるのか。



 むねが ゆがめられる。 わたしの からだが すきにされる



「おにぃ?」


 ドアが開けられ、時雨が入ってくる。


「し、ぐれ……」


 かすれた声が、私から漏れ出す。時雨が杏子をはねのけ、私を抱きしめてくる。


 世界に彩が戻っていく。


「杏子、おにぃに何しようとしたの」


 いつもより鋭い口調で、杏子に問う時雨。杏子は顔を背け、質問に答えない。

 その様子を見てあきらめたのか、時雨は私を抱え上げ、お姫様抱っこをする。


「今日、私の部屋に入らないで」


 そうこぼして、時雨の部屋に連れてこられる。ベッドにゆっくりと寝かせられ布団をかけられる。

 時雨は、部屋の前に教科書や本などを置き、部屋に入れないようにしているようだ。それが終わると、私の隣に入ってきた。


「おにぃ。もう大丈夫だから。安心して寝て」


 私の体を抱きしめる時雨は、優しく暖かった。その優しさに包まれ、私はすぐに意識を落とした。




 目が覚めると、目の前に美少女が……って、時雨か。

 なぜ時雨のベッドにいるのか。記憶をたどろうとしても、部屋に入ってから、時雨に抱きかかえられるまでの記憶がない。一体、何があったのだろうか。もしかしたら、杏子と喧嘩した?


 何もわからないままなので、とりあえず自室に戻る。しかしそこに杏子はいなかった。帰ったのだろうかと思ったが、杏子のバッグがあるからそういうわけではなさそう。

 杏子を探して一階に降りると、氷雨さんと杏子がリビングで話し合っていた。しかし、何やら険悪な雰囲気がある。


「あ、白雨。ちょっとここに座りな」


 こちらに気づいた氷雨さんに、座るよう催促される。大人しく座ると、氷雨さんからは睨むように見つめられ、杏子からは目をそらされる。一体、夜に何があったのか。


「ほら杏子、謝れ」


 目をそらしていた杏子が、こちらに目を向ける。そのあとに椅子から立ち上がり……って、土下座された。


「昨日は、申し訳、ありませんでした」


 何が何やらわからない。私の処女が破られたわけでもないし、命が奪われそうになったわけでもない……と思う。けれど、それくらいのことをしたような勢いで、こちらに謝ってくる。


「ま、待って待って。私、昨日のことあんまり覚えてなくて……その、なにがあったか」


 私の発言にぽかんとする二人。それから、ふっと笑い出す氷雨さん。安堵するような杏子。


「貞操の危機だってのに、覚えてないとは……」


「はい!?」


 貞操の危機!?ってことは、杏子に……?

 私が視線を向けると、またもや申し訳なさそうな顔をする杏子。まさか、本当とは。いや、まぁそりゃ謝られるかもしれないけど、それでも土下座するほどでは。


「本当に、申し訳ありません……」


 再度謝られる杏子をなだめ、席に着かせる。とりあえず、事の顛末を聞かないと。

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