第10話 私の、アイデンティティが……

 1週間後に料理対決をする約束を取り付けられて、家に帰ってきた。だが、このまま負けるのを待つのも癪である。そんなわけで、私の家にお呼びしました!私が知る中で一番料理ができる人です!!


「これからよろしく、杏子!!」


「え、せんぱい。私なんで呼ばれたんですか?」


 ギャル風の杏子は、家事がほぼ完璧にできる。それは料理も例外ではない。見た目よし、性格よし、能力よしの三拍子揃った最強美少女なのである。本当に、神は二物を与えずと言うけど、杏子には何物も与えると思う。まぁ、努力はしているだろうけどね。それでも少し羨ましい。


「なぜか一週間後、料理対決することになっちゃって……」


「あー、だから料理を教えてほしいというわけですか。いや、だからって普通、泊りまでさせます?」


 何を隠そう、今日は金曜日。杏子に明日明後日の予定を聞いたところ、なかったので、泊まれるなら泊まって欲しいと頼んだ。杏子は二つ返事で了承してくれたのに、今更なんで不満そうなことを言うのか。理不尽……


「料理の腕が壊滅的な可能性だってあるわけじゃん?」


「えっ、その場合はまさか……」


「うん、3日間よろしくね♪」


「……せんぱいが美少女になって、初めて憎いと感じましたよ」


 唇を噛みしめる杏子を尻目に料理の準備をしていく。あらかじめ作りたいものと、材料は買っておいた。今回作る料理は、青椒肉絲チンジャオロース。まぁ、ミスったら杏子が何とかしてくれるよ、きっと!!


「先生、いつまでもうなだれてないでやるよ」


「せ、せんぱいに先生って言われるの、なんかむずむずします……」


 そんなわけで、初めての共同作業……ではないけど、2人での料理が始まった。




 そして、早々にツッコミをされることになった。


「せんぱい、私教えることあります?」


「……ないね」


 ピーマンやたけのこを細切りにしたり、具材を炒めたりしてるときに気付いた。今まで料理経験がほぼない私が、かなり手際が良くできているのである。そしてササっと作り終えた青椒肉絲は、初心者とは思えないくらい綺麗な盛り付けをされており、完璧な味付けだった。


「え、今日って、本当はせんぱいの料理自慢のために呼ばれたってことですか?」


「いや、違うから!!私だってこんなにできると思ってなかったし!」


「いや、手際の良さといい、絶対料理を普段から作っている人でしたよ」


 本当に、なぜこんなに料理ができるようになったのだろう。中学校の時にやった調理実習は、こんなにスムーズにはできなかった。私が女の子になったと同時に料理ができるようになったのだろうか。


 考えてもわからないことだらけなので、とりあえず青椒肉絲を食べる。うん、おいしい。さっき、杏子に何物も与えていると言ったけど、冷静に考えたら、顔もスタイルもよくて料理もできるようになった私も、何物も与えられているな。


 青椒肉絲を食べていると、杏子が少し神妙な面持ちで、こちらに話しかけてきた。


「それで、今日せんぱいは、料理自慢をして私のアイデンティティを潰しにきたということでいいですか?」


「いやよくないよ!?」


 なんでその話題に戻ったのか。というか、できるとは知らなかったって一回言ったのに!!……まぁ、信じてもらえないのも、無理はないと思うけど。料理を実は練習してたって言っても信じてくれそうな腕前だったし。


「こんなにせんぱいができるんだったら、私わざわざ泊まる必要性ないじゃないですか」


「いやいや、杏子と話してて楽しいし。久しぶりにお泊りってのもよくない?」


「……まぁ、それならいいですけど」


 杏子が顔を赤らめながら、返事をしてくる。もしかして、話してて楽しいという部分がうれしかったのだろうか。だとしたらちょろすぎると思うが……杏子だし仕方ないか。


「というか、そのくらいの腕があるなら、時雨ちゃんや氷雨さんに手料理をふるまったりできるじゃないですか」


「んー、じゃあ今日の晩御飯作ろうかな」


「おっ!せんぱいの手料理が食べれます~!!時雨ちゃ~ん!!晩御飯楽しみにしててね~!!」


 大声で杏子が2階に呼びかけると、「わ~い」という声がうっすら聞こえる。わ~いで済ませるんだ。私が手料理が作れることへの疑問とか……いや、杏子がいるから大丈夫なのか。




 そんなわけで、晩御飯を作る。たまに杏子の手を借りながら作っていくと、なんか付き合っているみたいで、少し楽しい。ま、もう女の子になってるし、付き合うなんてことはないんだけどさ。


 作り終えるころには、全員机に向かって座っていた。机に置かれた料理に氷雨さんは驚いているし、時雨は不服そうにしている。自分のほうが料理できると思っていたのだろうか。なんか、少し申し訳ない気分になる。


「初めての手料理だから不安だけど、食べてくれると嬉しいな」


 みんなに向かって言うと、「いただきます」と声が聞こえ、箸が伸びていく。口に入れた瞬間、みな様々な表情をしていた。そして、箸がまた伸びていく。誰が言ったかもわからないほど小さな声で、「おいしい」と聞こえた。

 おいしいと言ってもらえることが、こんなにうれしいと知らなかった。今までは料理に触れず、なんなら今後も触れなくていいと思っていた。だけど、麻音さんや優芽さんのおかげで、この喜びを知ることができた。2人には感謝しかない。


「白雨。あんたこんなにうまい飯作れるんだな」


「おにぃ、なんで隠してたの?」


「私の、アイデンティティが……」


 なんか1人息絶えそうな人がいるけど、一旦無視する。

 まだ料理を食べてもらった人は3人しかいないから不安だけど、それでもこの勝負、勝てる気がする。麻音さんや優芽さんよりもおいしい料理を作ってやりたい。完璧な美少女であると、2人に自慢してみたい。


 なんだか少し、自信がついた気がする。学校にいた頃の不安なんて、今の私にはなかった。

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