秘密の救助者たち(7)
昨日と、八年前に迷い込んだ場所がふと頭の中に蘇った。
俺が何気ない毎日を過ごしている間も、美代はあんなにも恐ろしい場所へ何度も赴いていたのだ。見知らぬ誰かのために、命を賭けて……。
そう思うと、何も知らずにいた自分のことが腹立たしく思えてくる。
俺の知る限り、美代は運動が大の苦手だったはずだ。小学生のときも外で遊んでいる様子をほとんど見なかったし、運動会の徒競走ではずっと最後尾を走っていた。それは、去年も同じだったはずだ。
一体、どうしてそんなことをするのだろう。
俺は違って、美代は異空間に迷い込んだことなんてないはずなのに。
「……さて、説明はこんくらいにして本題に移ろう。実は、お前に頼みたいことがあるんだが」
話の流れが変わったことを察して、俺は慌てて姿勢を正した。
ここまでの流れからして、言いたいことは分かっている。
俺は深呼吸をして心を落ち着かせ、真っ直ぐに前を見ながらゆっくりと口を開く。
「分かりました。俺も美代と一緒に――」
「あー……悪い、そっちは別にいいんだ」
「へ?」
思いもよらぬことを言われてしまい、俺はがくりと姿勢を崩した。のそりと体を起こした津上先生が、ペンを持つ手をひらひらと振る。
「お前は今までと同じように生活して、異空災害に遭遇したら俺か林藤に知らせてくれればいい。万が一巻き込まれちまったら、ADRASを使ってお前だけでも脱出するんだ」
「え、いや、俺は全然……」
構わない、と言いかけたところで、ふと横から視線を感じた。ちらりと隣に目を向けると、どういうわけか美代が俯き気味で俺を睨んでいる。
……俺、何か怒らせるようなことを言っただろうか。
「林藤から聞いたが、コアバーストまで使ったらしいな。霧を吹き飛ばした、あの力だ」
美代の様子をちらちらと伺いつつ、俺は頷く。
「他の奴らは、あれを使えるようになるまでそれなりに時間を要したんだよ。そもそも、ADRASを手にしてすぐに起動したのもお前が始めてだ」
「だったら尚更、力になれると思うんですけど」
戦力は、一人でも多いほうがいいはず。そんな思いからか、ちょっとした反論にも無意識のうちに不満の色が滲んでしまう。
俺だって、軽い気持ちで協力したいと思っているわけじゃない。
津上先生によれば、今いる適合者は俺を含めて四人。つまり、今もしも異空災害が発生したら、三人だけで立ち向かわなければいけないということだ。
親父や松ノ木さんたちだって、もう少し多い人数でチームを組んでいたはず。しかも現場の状況によっては、もっとたくさんの人が出動するのだ。
いくら特殊な能力があるとはいえ、子どもしかいないことも考えると、三人というのはあまりにも少なすぎやしないだろうか。
「まあ、こっちにも色々あるんでな。……面倒だから、これ以上説明させんな」
若干の苛立ちを含んだ、本気で面倒臭そうな声色で言われてしまい、俺は渋々首を縦に振った。
納得できるわけがないけど、これ以上問い詰めても答えてくれるとは思えない。無理に抑え込んだ不満が、大きな溜息となって溢れ出る。
「つーわけで、さっさと帰れ。昼寝の邪魔だ」
「いや、ちょっと――」
津上先生は俺たちにくるりと背中を向け、椅子に座ったまま机の前へと滑るように移動した。散らかった作業台の上へばたりと倒れ込むと、一分と経たないうちに大きないびきをかき始める。自分から呼びつけておいて、なんて勝手な人なんだろう。
「……もう」
美代は困惑する俺に見向きもせず立ち上がると、テーブルの上に置いていた手提げ袋を手繰り寄せて肩に掛けた。
俺も慌てて椅子から立ち上がる。テーブルの上に置いたカードを拾い上げた頃には、既に美代の姿は部屋の外へと消えていた。
ポケットにカードを押し込み、美代を追いかけようと一歩踏み出す。そこである考えに至って、俺はふと足を止めた。
(あの人のこと、先生たちなら何か知ってるんじゃないか……?)
ADRASなしで異空間を出入りすることはできない、と津上先生は言っていた。ということは、俺を助けてくれたあの人もADRASを使っていたと考え手いいのではないだろうか。
それに、ヘルメットなどの形状もよく似ていた。少なくとも、無関係ではないはずだ。
俺は美代を追うのをやめ、テーブルの向こう側へと回り込んで津上先生の背後に立つ。気配を察したのか、津上先生はいびきをぴたりと止めて僅かに体を起こした。
「何だよ。……もしかして、宿題のことか?」
「いえ……あ、いや、それも気になるけど、ちょっと別のことで話があって」
すっかり忘れていた宿題のことを思い出しつつも、俺は首を横に振る。
「俺と美代のADRASって、色が違いますよね。……オレンジ色のARDASを使ってる人って、いませんか?」
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