Ep.Ⅱ 共鳴―αの残光―
一人ぼっちの夜
窓に背を向け、使い込まれて薄くなった布団を頭まで引き上げる。
長年使われ続けて薄くなった羽毛の塊は、僅かながら俺自身の体温でほのかに温もりを宿している。疲れを癒すには少々心もとない気もするけど、明かりを全て消した、静か過ぎる家の中では、この程度の温もりにつつまれているだけでも安心する。
今、この家にいるのは俺一人だ。
ただ一人の家族である親父は、ここから少し離れた場所にある深暮市消防本部で、明日の朝まで続く仕事に勤しんでいる。
消防官である親父は、家に帰らず丸一日を職場で過ごすことも多い。こういう日は学校の宿題だけではなく、家事全般も俺が担わざるを得ないのだ。
「大変そう」と周りにはよく言われるし、実際大変だ。最初は洗濯機の動かし方すら分からなかったりとかなり苦労したけど、ほぼ毎日続けていればある程度は慣れてしまう。二年も続けてきた甲斐あってか、今は普段ならそれほど苦には感じなくなっていた。
そう、普段ならの話だ。
今日は色んなことがあり過ぎて疲れてしまい、とても家事なんてする気にはなれなかった。
帰宅してすぐにカップ麺で空腹を満たし、適当にシャワーを浴びてパジャマに着替えると、半ば倒れ込むように布団へと潜り込んだ。リビング近くにある電話機が留守電を知らせるランプを点滅させていたけど、確認する気力なんてとても残っていなかった。
布団から少しだけ顔を出し、暗闇に閉ざされた部屋をぼんやりと眺める。
淡い黄色の壁は所々が茶色っぽく変色していて、天井付近に掛けられた丸い時計が機械的な音を一定間隔で鳴らしている。そこに刻まれているはずの時間も、ベッド脇に置かれた机の上も、夜の闇に覆われてはっきりと見ることは出来ない。
疲れているはずなのに、なかなか寝付けない。むしろ、疲れすぎているから眠れないのだろうか。
それでも布団の中にいれば、次第に瞼が重くなってくる。
ようやくうとうととし始めて、目を閉じ意識を手放そうとした、その時だった。
(……あ)
どこか遠くから、サイレンの音が聞こえてきた。近所のおばさんが飼っている犬が遠吠えを始め、静かな住宅地が僅かに騒がしくなる。
一抹の不安を感じて、俺は逃げるように布団を再び頭まで被った。
あの音が鳴る時は、誰かが何かしらの危険にさらされている。それを助けに行く人もまた、危険だということには変わりない。
助けに行く人にも、家族がいる。
何かと口うるさい親父だけど、俺にとってはたった一人の家族だ。万が一のことがあったらと、不安にならないわけがない。
(……異空災害、か)
ほんの数時間前の出来事だというのに、既に遠い昔のことのように感じてしまう。
あれが災害だとして、どうして美代がそれを知っているのか。八年前のあの人と似た力を、一体どこで手に入れたのか。それに、津上先生との関係は……。
だんだんと頭が混乱してきて、俺は考えるのを止めた。
今は何も知らないから、いくら考えても答えなんか出るわけがない。それに津上先生は、明日の昼には説明してくれると言っていたじゃないか。
……本当に、明日になれば何かが分かるんだろうか。
知りたい気持ちと未知への不安が入り混じり、心の中を渦巻いている。
あれこれ考えているうちに、渦巻く感情は眠気へと変わっていった。抗おうなどとは微塵も思わず、俺はその中に意識を深く沈めていった。
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