異変(3)

 もう、どこが上か下も分からない。ただひたすらに、どす黒い闇へと沈んでいく。


 相当な距離を落ち続けているというのに、一向に底へ到達する様子はない。それはつまり、この穴が異常に深いということだ。底へ到達した瞬間……間違いなく、俺は死ぬ。


 嫌だ、死にたくない。


 必死に腕を伸ばしても、触れるものは何もない。指先に触れるのは、ぞっとするほど冷たい空気だけだ。


 何度やっても一縷の望みすら掴めない現実に、少しずつ諦めの気持ちが強くなっていく。


 どうせ無理なら、いっそのこと早く楽にして欲しい……とまで思いかけた、その矢先。


 「痛っ!?」


 突然、背中に激しい衝撃と痛みが走った。庇う間もなく後頭部まで打ちつけ、視界が大きく縦に揺れる。


 「っ……てぇ……」


 俺は目を固く閉じ、絞り出すように呻き声を漏らした。閉じた瞼の奥で、熱を帯びた液体がにじみ出てくるのを感じる。歯を食いしばって痛みに耐えるのが精一杯ですぐには起き上がれず、俺は死にかけの虫のように腕をひくつかせた。


 硬く、ぬめりとしたものが手のひらに触れる。

 どうやら、地面に背中から落ちたようだ。頭を打ったとはいえ、こうして意識を保っているし、頭部への痛みが驚くほど少ない。おそらく高層ビルを遥かに凌ぐ高さから落ちたというのに、どうして俺は怪我一つなく生きているのだろう。


 腕の動きを止め、深呼吸をする。空気は湿っていて、腐った魚のような不快な臭いが微かに漂っていた。

 

 耳を澄ませば、重い何かが叩きつけられるような、低い音が微かに聞こえてくる。近くに滝でもあるのだろうか。音の重みからして、きっとかなりの大きさが――


 ……滝? 公園の地下に、何で滝があるんだ?


 「な……!?」


 痛みも忘れ、俺は弾かれたように飛び起きる。


 目の前に広がっていたのは、予想していたよりもずっと酷くて、絶望的な光景だった。

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