遠い思い出(2)
八年前、あの出来事の直前。
俺は、美代と一緒にいた。
そのことを思い出したのは、病院で初めての朝を迎えてからだった。
すぐにでも美代に会って確かめたかったけど、結局入院中は会うことも叶わなくて。
だから学校に行けるようになったら、真っ先に尋ねようと思ってた。
そして迎えた、退院の日。
登校した俺は、あっという間に同級生たちに囲まれ、何があったのかしつこいくらい訊かれる羽目になった。
小学生になったばかりの子どもにとっては、クラスメイトの入院という出来事は珍しく感じられたのかもしれない。
そして、彼らと同じく子どもだった俺は……全てを包み隠さず話してしまった。
好奇心に満ちていたみんなの目が、奇妙なものを見るものに変わっていった。
そのうちの一人が、俺を鼻で嗤って。
どこからか、「ありえない」という声が聞こえて。
その数がじわじわと増えていくにつれて、俺は否応なしに気づかされた。
たとえ本当のことでも、信じてもらえるとは限らないことを。
美代が登校してきたのは、まさにそのときだった。
縋るような気持ちで、俺は美代へと迫った。
直前まで一緒にいたと認めてくれれば、俺が嘘を言っていないことが証明される。みんなも分かってくれるはずだと、思ったんだ。
だけど、美代はひどく困惑した様子で……表情を強張らせながら、首を横に振った。
一緒にいた記憶なんてない。俺が行方不明になったことも、今の今まで知らなかったと、声を震わせながら言った。
その途端、俺を信じる人はほぼいなくなった。
「嘘つき」と罵られ、がっかりしたような目を向けられ、嘲笑われ……まるで、罪人として吊し上げられたような気分だった。
俺は、悔しくてたまらなかった。本当のことしか言っていないのに、どうして嘘つき呼ばわりされなければならないのか。美代が本当のことを……俺と一緒にいたことを認めてくれさえすれば、あんな思いをしなくて済んだのに、と。
その日、俺は美代を呼び出して強く責め立てた。美代は「覚えてない」の一点張りで、それが余計に俺の心を苛立たせた。
次第に美代も反論するようになり、そのまま大喧嘩へと発展して……次の日には、お互い全く口をきかなくなっていた。
「それで、ずっと悪いのは美代のほうだって思ってたんだけどさ。何年か経ってから、ふと思ったんだ。悪いのは、俺も同じなんじゃないかって」
冷静になってみると、少し考えれば分かることだったと思う。
あの時必死で逃げ回っていた俺も、何一つ覚えていなかった。
美代と一緒にいたことはおろか、直前までどこで何をしていたのかも。
病院の先生には、強いストレスで記憶が曖昧になっているんじゃないかって言われたらしいけど……だとしたら美代の記憶も、曖昧になっていたとしても不思議じゃなかった。
だけど、当時の俺はそこまで気が回らなかった。
自分のちっぽけなプライドを守ろうとして、美代を傷つけてしまったんだ。
謝ろうと思ったことは、何度もあった。
だけど、いつの間にか人気者になっていた美代に、なかなか近付く勇気が出なくて。
結局何も出来ないまま、小学校を卒業して、中学生になって。二年生になった今も、何一つ変えることができていない。
「……馬鹿だよな、俺」
ぽつりとこぼした独り言が、暖かい空気に溶けて消えた。目の前を走り去る子どもたちの声も、遠くで談笑する大人の声も、みるみるうちに遠のいていく。
このままでは、いつか美代との関係は完全に途切れてしまうだろう。
だけど、それでいいのかもしれないと思うときもある。幼馴染だからといって、いつまでも仲良しでいる必要はないのだから。
でも、叶うのならもう一度……そう思ってしまうのは、俺の我儘だろうか。
「……俺さ、難しいことはよく分かんねーけど」
深い溜息をついてから、淳がおもむろに口を開いた。顔を上げた俺の目に映った表情は、いつになく真面目な雰囲気を帯びている――そう思った、まさにその時だった。
楽しげな声に混じって、微かに悲鳴のようなものが聞こえたのは。
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