遠い思い出(1)
その後も、散々学校中を駆け回ったのだけど……結局、津上先生を見つけられないまま、昼休みを終えることになってしまった。
藁にもすがる思いで戻った職員室にも、やっぱり津上先生の姿はなく。
昼休み終了五分前を知らせるチャイムが無情にも鳴り響き、俺の居残りは確定してしまうこととなった。
「せっかく頑張ったのにこれじゃああんまりだし……津上先生には、私から事情を説明してみるから。もうちょっとだけ、希望を捨てずに待ってみない?」
担任の
その後の授業は、いつも以上に頭に入ってこなかった。
先生の話を適当に聞き流し、字が汚くて読みづらい板書をひたすらノートに書き写すのが精一杯で、内容なんてちっとも頭に入らなかった。むしろ、ちゃんとノートを取れたことを褒めて欲しいくらいだ。
慌しすぎる学校が終わり、下校時間を迎えると、俺は淳を誘って花吹公園へと足を運んだ。
誰でもいいから、この理不尽な現実に対する愚痴を聞いて欲しかったのだ。
「隅から隅まで探したのにさ……。ちくしょう、いつもどこに居んだよ、あのオッサン」
生気のない声でぼやきながら、俺は頭上にある木を見上げた。
うっすらとオレンジ色を帯びた空の下で、葉が風に吹かれてカサカサと乾いた音を鳴らす。子どもたちの楽しげな声も、今の俺には空虚な雑音でしかない。
「噂じゃ、ちょくちょく学校抜け出してるとか、理科室に秘密の部屋を作って寝てるとか……。相手が津上だからって、みんなも好き放題言ってるよなぁ」
「何だよ、秘密の部屋って」
「映画とかで観たことあるだろ? 仕掛けを解いたら本棚が動いて、隠された部屋への入り口が出てくるってやつ。ちなみにその説を推してんの、やっぱりというか、しげっちだけらしいぞ」
「何だそりゃ……」
俺は呆れて、ベンチの背もたれに身を委ねる。
ちなみにしげっちというのは、別のクラスにいる淳の友人の一人だ。暇さえあれば映画を観ているくらい、大の映画好きだと聞いている。
淳曰く、「頭はいいのに、映画が絡むとちょっとバカになる」らしいけど、その評価もあながち間違ってはいないのかもしれない。
「あ、噂といえば」
淳はぽつりと呟き、わざとらしく咳払いをしてから、やけに真剣な顔を俺に向けた。
「お前ってさ、林藤さんと仲良いの?」
ぱちぱちと瞬きをして、俺はゆっくりと体を起こす。
「……何でそう思うんだよ?」
「今朝、お前と話してた時にさ、廊下からじーっとこっちを見てたんだよ。あれ、お前に用があったんじゃねーか?」
「え、あいつ、居たの?」
「居たよ。やっぱ気付いてなかったみたいだな。それに、“あいつ”って……」
訝しげな眼差しを送られて、俺は思わず目を逸らした。美代に注目している男子が多いことは薄々気付いてたけど、まさか淳までその一人だったとは。
……それにしても、ずっと避けていたのにいきなり教室まで来るなんて、どういう風の吹き回しだろう。
「あいつは……ただの幼馴染だよ。もう長いこと、まともに口きいてないけどさ」
「……へ?」
幼馴染、という単語に一瞬顔を引きつらせた淳は、間抜けな声とともにぽかんと口を開けたまま固まった。
「小学校入ってすぐくらいに、結構激しく喧嘩しちまったんだよ。そっから何となく話しかけ辛くなって、ずっとそんな感じ」
「そ、そっか……」
頷きながらも、淳は少し気まずそうに目を逸らした。
「……それってさ、前に言ってた“嫌なこと”と関係あったりすんの?」
「……うん」
少し迷って、俺は頷く。
実は一度だけ、淳に八年前の出来事を話したことがあった。
とはいっても、全部を打ち明けたわけではなくて、「昔、嫌なことがあって危うく死にかけた」くらいしか伝えていなかったのだけど。
「悪い。話したくないなら、無理に聞くつもりは――」
「……いや」
淳の言葉を遮って、俺は小さく首を振る。
普段なら、あるいは相手が淳じゃなかったら、話す気にはならなかったと思う。
だけど何故か、今は話したいという気持ちへと心が傾きつつあった。
疲れて細かいことを考えられなくなっているのか、あるいは久しぶりに美代と話したことで気持ちが昂ってしまっているのか……。
「……その、“嫌なこと”があった直後の話なんだけどさ」
自然と口が動いて、俺はぽつぽつと語り始めた。
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