(35)

 あいだに色々なことが挟まったので、三人デートの件を話し合うのは、朔良には久しぶりに感じられた。


 一方、四郎は「色々なこと」があっても、三人デートへの情熱を失わず燃やしていたらしい。それは、朔良には少しだけ意外に感じられた。


 朔良の中の、印象だけの四郎ならば「ああ、そんなこともあったな」などと言い放ちそうではあったからだ。たとえ四郎から提案したことだったとしても、いつの間にやらやる気が鎮火していてもおかしくはない……気がした。


 けれども朔良の予想に反して、四郎の三人デートへのやる気はじゅうぶんのようだ。


 そして明確に、四郎への恋慕の情を自覚した千世は、この三人デートで四郎の反応を探りたいらしい。


 同時に朔良の四郎に対する反応も見たいと、千世は思っているかもしれないと、朔良は考えた。


 実際のところ、三人デートをして、自分が現在の四郎にどのような感情を抱くのかは、朔良にとっても未知数な部分はあった。


 嫉妬する? 折り合いをつけられる? ――あきらめる?


 鬼が出るか蛇が出るか。朔良にとってもこの三人デートは試金石のようなものになるだろうと予感させた。




 商業ビルに入っている、それほど規模の大きくない水族館。当初の予定通り、三人デートの舞台はそことなった。


 イルカショーなどの派手な動物ショーはないものの、アクセスの良さなどから考えれば、都市近場のデートスポットとしてはじゅうぶんだろう。


 平日ということもあり客入りはそこそこで、ゆっくりと展示を見て回ることができた。


 水族館に行ったことがないと言う千世にはなにもかもが物珍しく映る様子で、黒目がちの瞳を輝かせてあちこちに視線を送る。


 朔良はそれを微笑ましく思いつつも、周囲を警戒することを怠らない。


 とは言えど、現役の護衛官である四郎も同行している。朔良よりガタイが良く、威圧感のある四郎がいるのだから、不逞の輩に絡まれることもないだろうと考えた。


 それに水族館内には恋人か伴侶だろう男性を引きつれた女性がひとりいた以外には、父子らしき組み合わせばかりが目立つ。


 この様子であれば、トラブルに巻き込まれる可能性は低そうだと朔良は考えた。


「土岐さんは、水族館にきたことはありますか?」


 オーストラリアに棲息する魚を集めた水槽から視線を外し、千世が四郎を見て問うた。


 四郎は珍しくかすかに目を細めて考え込むような顔をしたあと、


「行ったことあるような気がする」


 と、非常に曖昧な答えを出した。


 なにか答えにくい質問だったというよりは、その曖昧な回答通りに記憶も曖昧なのだろう。


 恐らくは行ったことがあるのだろうが、さしたる興味を持てなかったがために、記憶がおぼろげになっているに違いないと朔良は思った。


「お前は?」


 急に四郎から話が振られたので、朔良はおどろいた。


 たしかに三人デートを、と言い出したのは四郎だが、彼が興味を引かれているのは千世だけだと思い込んでいた。


 だから、まさかここで四郎から会話の輪に入れてやろうというような意思を感じて、朔良はおどろいたのだ。


 朔良は平静を装って、微笑んで答える。


「ものすごく昔……小学校に上がる前かな。それくらいのときに両親と、兄弟と一緒に行った記憶がありますね。水族館に行ったのは、その一回きりかな」


 朔良の中でも、その記憶はさすがにおぼろげだ。


 どこの水族館にいつ行ったのかの内容も、輪郭すらもおぼろげだったが、しかし幸せで、楽しかったという感情だけは強く頭に焼きついていた。


 今では両親共に没交渉だし、兄たちにしてもそうだ。マトモに顔を合わせる機会があるのは、父親が同じ弟くらいのものだ。


 記憶の中の幸福な時代に戻れれば、などとは思わないものの、しかしなんだか感傷的な気分を引き出すのにはじゅうぶんだった。


 そういう朔良の心の機微に気づいたのか定かではないものの、千世はペンギンプールの前に設けられた休憩スペースを見て、「ちょっと休んで行きませんか」と言った。

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