(34)
だから、千世を好きになったんだ。それを噛み締めると同時に、だらしなくゆるむ口元を隠したくて食いしばる。
一方の千世は、朔良の「プロポーズかと思った」との言葉にあわてた様子で、頬をかすかに染める。
けれども否定したくはないのか、あるいは混乱のただなかにいるのか、口を開いて「違う」とは言いはしなかった。
朔良はそれをもどかしく思いながらも、しかしどこか心地よさを感じる。
そしてなにも結婚をせかす必要はないと、ごく自然に思えた。
「……千世の恋人が増えても、こうしてたまにはふたりでおしゃべりしたいと――私は、願っているよ」
柔らかな、しかしそれでいて切実な、朔良から千世への懇願。
「約束、します」
朔良のその言葉を受けて、千世はすぐにそう言った。
千世がそう言ったからには、決して約束をたがえはしないだろう――。
たしかなものなんてないのに、朔良にはそう思えた。
「……それからたまには撫でて欲しいかな。このあいだみたいに」
今度は冗談めかして言う。
それで千世の肩に入っていた力は少し抜けたらしく、安堵に目元や口の端がゆるんだのが、なんとなくわかった。
「朔良さんが望むなら……いくらでも」
千世のひたむきさには、朔良は危ういものを感じなくはない。
それに千世が本心では「嫌だ」と思っていることも、千世本人は上手く自覚できないところがある。
だから、千世は仮に今後朔良のことが嫌いになっても、それを言い出せないどころか、認識すらできない可能性はあった。
だから、千世にはたくさんの愛を持って欲しいと思う。先に述べた言葉に、嘘はない。
これまで父親の復讐心によって浪費されてきた千世の人生は、これからは多くの愛で満たされて欲しいと、朔良は思う。
朔良とはまた違った愛を千世に与えられるであろう男が、土岐四郎という事実は、まだちょっと、朔良には上手く消化できないが……。
しかし四郎も変わりつつあると、朔良は感じていた。
「理性ある獣」――初期に受けた印象から、四郎の姿はズレつつあるように思えた。
「でも、朔良さん」
「ん?」
「あれこれと話しましたけど……土岐さんがわたしのことをどう思っているかは、わかりませんよ」
そういえば、と朔良も思う。
あくまで仮定の話にここまで心をかき乱されることになるとは、と苦笑が浮かんでしまう。
「そうだね。でも、嫌っていないことはたしかだよ」
「わたしも、そうだとは思っています……けど」
「……私は土岐さんじゃないから、彼の本心なんてわからないけど――」
「はい……」
「思いを伝えなければ……その心に触れることはできないと思うよ」
千世が朔良に対して言葉を尽くしたように、四郎に対して言葉を尽くせばいいと、朔良は思って言った。
その結果は、さすがに朔良にも見通せはしない。なにせあの土岐四郎が相手なのだから。
けれど。
「言わなきゃ始まらないよ」
それだけは、確信を持って言えた。
「土岐さんはこの前できなかった三人デートがしたいって言っていたし、そのときにアプローチしてみるのはどうかな。……私も、応援するし」
「が――がんばり、ます」
四郎が言っていたことを伝えれば、千世の眉間にかすかに力が入ったようだった。
素直すぎるその反応に朔良は再び、口元がゆるむのがわかった。
千世に言った、「応援する」という言葉に嘘偽りはない。
そしてまた、千世が土岐四郎を淡く想い慕っている事実を、上手く呑み込めていないことも偽らざる本音だった。
けれども、以前ほどの拒否感を四郎に抱いていない自分にも、朔良は気づいた。
「それじゃあ、デートの件は私から土岐さんに伝えておくね」
……とは言えど、四郎は今、雪野麗の警護の任を請け負っている。
雪野麗のストーカーが捕まるなどして、一段落するまでは三人デートは今しばらくお預けかと朔良は思っていたのだが――。
千世と雪野麗の「おしゃべり会」から一週間も経たずに、四郎は雪野麗のストーカーを捕まえたのだった。
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