(29)
朔良が担当している女性のひとりで、今まさに四郎が警護の任に就いている
「雪野麗は『女の子とおしゃべりがしたい』とぼやいていた。それに、お前の恋人だと聞けばあまり警戒心も抱かないだろう」
朔良にとってはまったくの寝耳に水――というほどではないにしても、雪野麗からそのような要望をはっきりと聞いたことはなかった。
四郎は雰囲気だけは人懐こい好青年といった風情である。そんな四郎だからこそ引き出せた雪野麗の本音かもしれない。
あるいは、四郎とはさして親しくないからこそこぼせた愚痴のようなものかもしれないが……。
千世の件もそうだし、雪野麗の件もそうだが、四郎はなんだか「いいとこどり」が上手い気がする――と朔良はぼやきたくなった。
それはそれとして、千世と雪野麗を引き会わせるという四郎の提案であるが、朔良からするとそう悪くはないように思えた。
「……雪野さんに一度確認してから検討します」
四郎はくだらない嘘はつかないと、短いつき合いの中でも朔良は理解していた。
しかしそれはそれ、これはこれ、というやつだ。
今一度、朔良から雪野麗に確認を取る必要はあるだろう。
千世の人となりなどを伝えて、それに対して雪野麗から前向きな言葉が出てくれば、今度は千世に了承を取る必要がある。
「その……瓜生さんってひとがいいって言うなら会ってみたいかな。宮城さんの恋人ってどんなひとか気になるし」
雪野麗の後半の言葉は、朔良にはすこし悪戯めいた響きが伴っているように聞こえた。
雪野麗は、朔良の目から見ればごくごく普通の、「常識」というものを兼ね備えた人間に見える。――四郎と違って。
物心ついたころからワガママを許されて、男にかしずかれて育った女性特有の傲慢さや尊大さもない。
また、一方で女性というだけで抑圧されて育った人間のような、人形のような覇気のなさとも無縁だった。
雪野麗も当然、千世の父親である瓜生透也が世間を騒がせたことは知っているだろう。
しかし千世の兄である佐藤優吾のように「犯罪者の娘」などという色眼鏡で彼女を見るような人間ではないと、朔良は確信を持って言えた。
朔良がそうして雪野麗を信用しているのと同様に、雪野麗もこれまでのつき合いから朔良には信を置いているらしい。
「宮城さんの恋人なら安心できるし」
雪野麗から、千世と会うことに前向きな返答を得られたので、今度は千世の意思を確認する。
「朔良さんから見て、雪野さんってどんなひとか、聞いてもいいですか?」
千世は、自分以外の「女性」という存在に対して、それなりに興味があるようだった。
彼女がこれまでに深くかかわったことのある女性は、今は亡き母親くらいのものである。
直近では、四郎の親戚である土師美園と会ってはいる――と言えなくはないものの、姿を見ただけで言葉を交わしたわけではない。
女性保護局の担当官も当然ながら男性である七瀬で、通っているメンタルクリニックの医師やカウンセラーなども男性だ。
そんな環境であるから、雪野麗という同性と千世を会わせるのは、朔良からするといいのではないかと思えた。
「同性なのだから」……で必ずしも上手くいくというわけではないことは、もちろん朔良も承知していたが、女性同士だからこそ気安く話せることもあるのではないかと考えたわけである。
「雪野さんは担当官の私や警護している土岐さんのことも気遣ってくれるし、優しいひとだと思っているよ」
「ご結婚はされているんですか?」
「……いや、していない。恋人もいない。『今は仕事に集中したいから』、と言っているよ」
「お仕事、されてるんですね」
千世は雪野麗が仕事をしていることに少しおどろいた様子だった。
今現在の社会では、希少になってしまった女性は、その安全面からも家庭にいることを推奨されている。
もちろん、在宅のまま仕事をするという選択肢もあるが、多くの女性は給付金と伴侶からの収入だけで生活している、というのが現状だった。
そういった事情はもちろん千世も知っているので、雪野麗が伴侶どころか恋人もなく、仕事をしていることに少々のおどろきを抱いたのだろう。
千世の中では、それが雪野麗へ興味を持つ決定打になったらしかった。
千世と雪野麗、双方が乗り気になったために、朔良は千世のカウンセラーにも一応連絡を入れてから、千世の担当官である七瀬と共にふたりを会わせる日取りを決めた。
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