(27)

 千世の担当官である七瀬も加え、佐藤優吾の身辺を調べて出てきたのは、お粗末な事実だった。


 佐藤優吾は、妹である千世を出世の道具にしようとしていた様子である。


 もっと有り体に言ってしまえば、千世に身売り……売春させようという意図があったらしい。


 聞き取り調査などを経て、上司に妹を紹介すると取り付けていたところまでは事実と確認できた。その際に、千世の写真を見せていたことも。それもどうも盗撮したものらしかった。


 佐藤優吾が売り込みたかったらしい上司は、さすがに女性保護局の職員が聞き取り調査にきてまずいと思ったのか、千世の写真が盗撮だったらしいことは素直にしゃべった。


 千世を出世の道具にしようとしていた件は、佐藤優吾と同期の同僚から聞いたものだ。佐藤優吾はずいぶんとおしゃべりらしい。


「俺は妹を使って上に行く。姉妹がいてよかった」――と、その同僚に言い放ったというのだから、聞いた七瀬は怒りより先に呆れや脱力感がきたと言う。


 しかしその同僚とはライバル関係であったことを勘案する必要があるだろう。


 それでも佐藤優吾の先輩やら後輩やらからも同じような証言が出てきたのだから、その同僚の言ったことはほとんど真実らしかった。


 佐藤優吾は妹を出世の道具にしようとしていた一件の前から、ずいぶんと周りには嫌われていたようだ。


 であるからして、会社ぐるみで佐藤優吾を嵌めようとしている――という可能性も、ほんの少しくらいはあった。


 しかしどちらが真実であるにしても、千世の恋人である朔良としては、複雑な気持ちに陥らざるを得ない。


 朔良としては、千世の実の兄である佐藤優吾には、善人であってほしかった。


 しかし。


「それのなにが悪いって言うんですか」


 女性保護局内で面会することになった佐藤優吾は、調査結果を突きつけられて、開き直った。


 朔良は、後輩である七瀬の補佐をするという名目で同席していた。


 実際に、居直った佐藤優吾の言葉を聞いて、七瀬はにわかにいきり立つ。


 一方、無理矢理にその場に入ってきた四郎は、応接室の出入り口付近に仁王立ちをして、ことの成り行きを見ていた。


「悪いも悪いですよ! 肉親の情とか、そういうものはないんですか?!」

「七瀬、落ち着け」


 今にも立ち上がらんとする七瀬のスーツの胸元あたりに朔良は手のひらを当て、ぞんざいに押しやる。


 七瀬は憤懣やるかたないとばかりに朔良を見た。


 そんなふたりのやり取りを見て、今や馬脚をあらわした佐藤優吾は嘲笑うように言う。


「肉親なら……兄の出世を手伝ってもいいんじゃないですかね?」

「その手段が問題だって言ってるんです! 千世さんの尊厳はどうなるんです?!」

「七瀬――」


 朔良がもう一度、「落ち着け」と言おうとした声に、佐藤優吾の言葉がかぶさる。


「妹って言ったって、しょせん犯罪者の娘じゃないですか。こっちは、そんな犯罪者の娘を少しは世の中の役に立たせてやろうって言ってるんですよ」


 さすがに――朔良も頭に血が上った。


 無意識のうちに膝の上に作った拳を、強く握りしめる。


 横にいる七瀬は、絶句して佐藤優吾を見ている。――朔良を、止める者はいない。


 だが――


「やめろ宮城」


 四郎の声が真横からかかり、朔良はハッと我に返った。


「そういうのは、俺の役目だ」


 朔良が四郎の言葉を呑み込むより先に、佐藤優吾の左頬に四郎の拳がめり込んだ。


「――うわ、ちょ、土岐さん?!」


 七瀬はおどろき、四郎を制止するような声を上げつつも、佐藤優吾に一撃を見舞いした四郎に対して快哉したい気持ちがあるのだろう。その口元は奇妙に歪んでいた。


「こんなことして、許されると――」


 衝撃と痛みからいち早く帰ってきた佐藤優吾は、左頬を押さえつつ四郎に食ってかかる。


 だが四郎が佐藤優吾の胸ぐらをつかむと、「ひっ」と情けない声を上げて及び腰になる。


「妹に売春をさせようとしていた証拠証言諸々は、こちらにすべてあるわけだが――」

「……は、はあ?」

「――お前の出方次第では、『うっかり』外に流出するかもな。……『うっかり』お前の個人情報も載っているかもしれない」


 佐藤優吾は、四郎の言葉に目を見開いた。


「別に俺はそれでも構わないが」


 四郎がそう言ってから、佐藤優吾を放す。


 佐藤優吾はそれから周囲を見渡して、朔良も七瀬も、冷たい目で見ていることになにを思ったのか、バタバタと応接室から逃げ出した。


「ああっ……不祥事だあ……」


 佐藤優吾への怒りは未だあるものの、七瀬もいっぱしの社会人で、公務員なのだ。こんな無法が許されるとは思えないので、頭を抱えた。


 だが当の四郎はけろりとして言う。


「あの男にそんな根性があるようには見えん」

「まあ、それは同意ですが」

「それに万が一世間にありのままを訴えて、叩かれるのはあの男のほうだろう。問題ない」

「問題大ありですけど……」


 大きなため息をついて嘆く七瀬に対し、朔良はただ四郎を見つめるだけだった。


 四郎は、朔良の視線に気づいて、そちらを見やる。


「そんな目をするな。ハッタリだ」

「――え?」

「彼女を好奇の目に晒すつもりは最初からない」


 四郎の言う「彼女」とはもちろん他でもない千世のことで――。


 朔良は、四郎は四郎なりに千世のことを大切に思っているのかもしれないと感じた。


「すいません。……ありがとうございます。暴力は駄目ですけど……助かりました」


 そして朔良は四郎に助けられたと感じたので、礼を言った。


 頭に血が上った状態のまま、朔良が佐藤優吾を殴り飛ばしていたら、また結果は違ったかもしれなかったからだ。


 しかし四郎はにやりと意味深に笑っただけで、朔良にはそれ以上、なにも言いはしなかった。

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