第三章 僕と俺の色
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俺らはバンドマンだった。D.Greenというバンド名で活動をしていた。ギター/メインボーカル/キーボードの
俺らは幼馴染だった。家が近所で、先に母親同士がすごく仲良くなったらしい。同じマンションの違う階に、同い年の男が3人もいたわけだ。自然と一緒にいて、遊んでいた。
物心がつく頃に空に弟ができた。それが蒼くん。3人とも蒼くんが大好きだった。ヤンチャな男3人に囲まれているのに、グレることもなく、少しシャイで花にも虫にも優しくて穏やかな子だった。
「俺らが蒼を守っていこうな!」
思えば昔から要は王子様だったな。
気がついたらずっと4人でいた。俺ら4人でいればなんでもできる、最強だ!と本気で思っていたんだよな。
俺らは高校まで同じ学校に通った。蒼くんは2つ年下だから、俺らが3年の時に入学してきた。制服姿で4人並べたのがあまりにも嬉しかったな。
上の3人は軽音学部でバンドを組んでいた。バンド名は特になく、リーダーの要が始めたので[カナタチ]と適当につけた名前で暫く活動をしていた。カバーをメインに、時々自分たちでも曲を作ってみていた。
自分で言うのは違う気もするが、今思い返せば俺らはかなりモテていたらしい。校内でライブがあると、プレハブの外まで人が溢れるほどに見にきてくれていた。手紙をもらったり、バレンタインにトートバッグが凶器になりそうなほどのチョコをもらったりしたが、それだけだった。俺らは自己愛が強くて、俺ら以外に向ける熱意はとても弱かったのだ。
蒼くんが入学してから少しずつ変化するものがあった。蒼くんは美術部に入部した。昔から絵を描くのが好きだったからだ。俺らは3年になり部活を引退すると、時々美術部室にお邪魔させてもらっていた。今思えば、よく美術部のみんな、許してくれたよな。息抜きに絵を描いたら?なんて言って、優しかったんだよな、みんな。蒼くんは、抽象画をよく描いてきた。意識しているのは、いわゆる印象派ってやつらしい。
「蒼、今回は何を描いているんだ?」
受験勉強の手を止めて、空が尋ねる。
「兄ちゃんたち、描いてる。」
「え?俺ら?何それ超良いじゃん!」
そう聞いただけで、まだ絵を見ていないのにすごく嬉しかった。
「楽しみだなぁ。完成したら、一番に見せてよ。」
「うん、もちろん。」
「要だけじゃなくてさ、俺ら3人で見にくるね。」
「うん、3人に見せるね。」
やがて出来上がったものを見た時、3人とも同じことを思ったと思う。
「やばくね……?超綺麗なんだけど……絵を見て泣くの、蒼くんが描いてくれた似顔絵以来なんだけど。」
「黄雅、懐かしいことを思い出させるなよ、余計に泣けてくるだろ。なあ、要?」
「そうだね、蒼、すごく嬉しいよ。言葉にするのが難しい感情なんだ。」
「みんなして泣いてくれてるの嬉しいけど、恥ずかしいよ……。来てもらうの、部活お休みの日にしてよかった。」
それから、蒼くんはこの絵について話をしてくれた。白やベージュがベースになっていて、黄色や青、黒が筋や水玉になって柔らかく広がっている。遠目で見ると中央で一番色が重なっているところが深緑色に見える。花畑のようにも、空のようにも、見える。俺らのバンド曲を聴いて、イメージが湧いたらしい。
その後、俺らのCDのジャケットやモチーフは蒼が描いてくれるようになった。俺らのイメージカラーを深緑色に、バンド名を[D.Green]にすることにした。
俺らは幼馴染だった。その中でも、特別惹かれあっている部分があった。後から考えると、シンプルなようですごく複雑な感情と関係性だったかもしれない。
空は、蒼くんをとても溺愛していた。佐伯家を見ていると、こちらが照れてしまうくらい両親も愛が深いから自然ではあった。
俺は、要と空への憧れが強い自覚があった。天才肌の2人、人を惹きつけるものがあまりに多くてとても眩しかった。しかし、蒼くんへの想いが別の感情であることを薄らと自覚していた。弟のように思う気持ちと別の感情が見え隠れしていた。でもこれは決して出していけないものだ、と抑えていた。
要は、やがて蒼くんと恋人になった。自然とそうなっていた。蒼くんが要と話している時の表情が、少し艶っぽいのを察して少しした後、そうなっていた。空は、蒼が幸せなことが一番だから、と2人の関係を否定したりすることはなかった。俺も全く同じ気持ちだった。4人が幸せであれば、それでいい。
大学生になってからもバンド活動は続いていた。大学はバラバラになった。俺らはみんなにとってちょうど良い距離の場所で、シェアハウスを借りた。
大学を卒業してからもその生活は続いた。仕事をしながら、合間を見て3ヶ月に一度ライブに出た。低頻度ではあるが、曲も作っていた。
ある日、大雨が降った。蒼くんと俺は、家事担当だったから買い物をして早めに帰宅していた。
「雨ひどいね。2人とも風邪ひいちゃうよ。」
「そうだね。シチューにして正解だったな。蒼くん、もうお風呂沸いてるから、先に入っておいで。」
「うん、そうする。」
ピコンと、スマホの通知音が鳴った。バイクで帰宅途中の2人からのメッセージだった。
『寒すぎる、早く帰りたい』
『今シチュー作ってるよ、早く帰っておいで』
『やった、黄雅のシチュー好き』
『楽しみだ、そして風呂にも入りたい』
『本当にそれはそう』
『そうだ、黄雅』
『ん?なになに?』
『この前3人で話してた、蒼へのプレゼントゲットしてきた』
『え!マジで?!激アツじゃん!』
『早く渡してぇ 』
『要、喜ぶ顔が早く見たくてめっちゃ焦ってるんだよ、マジでウケる』
『空もだからねそれ』
『信号変わった、また後で』
『うん、気をつけてね』
蒼くんが前からヘッドホンを買おうか迷っていると話していたのを聞き、3人で決めたのだ。蒼くんが好きな、クラシックとも相性が良いやつらしい。限定の先着販売で深緑色があったから、絶対にこれ!と決めていた。
「2人とも頑張ってくれたんだなぁ、よし!俺も他のおかずも作っちゃおう〜。」
俺らは最強だった、俺らも、俺らのバンドも、音楽も、蒼くんのジャケも、全部全部最強だったんだよな。昔からずっと、4人でいられれば、みんなが幸せであればそれでよかったんだ。
その日、ヘッドホンが蒼くんに手渡されることはなかった。
雨でスリップしたトラックが突っ込んできて、空と要が、死んだ。
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