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ある日のこと

 ある青年とお母さんがやってきたんだ。お母さんは、焦りと穏やかさという決して同居しないであろう2つを併せ持ったような表情と声音で、

「柚木先生、私は、この子とハグをしたいんです。」

不思議なことを言うもんだと思った。

「何かあると、家族みんなでハグをし合うのが不思議と習慣になっていたんです。楽しい時も嬉しい時も、悲しい時でも。」

「素敵なご家族ですね。しかし、ハグをしたい、というと?」

「はい、手を背中に当てて引き寄せても、蒼は、手を回してくれないんです。突き放してもくれないんです。」

鼓動と息遣いに集中して、大丈夫、この子は蒼だ、蒼だ、と言い聞かせている、と。

「なるほど、そうでしたか。少しお待ちくださいね。」

 私はドリップコーヒーを入れ、レンジで牛乳を温め、それらと蜂蜜を混ぜた甘いカフェオレを2人に渡した。

「佐伯くん、私とお話しをしよう。その椅子じゃ痛くなっちゃうだろうから、ハンモックかクッションソファか、好きな方使って。お母さまも、よろしかったらどうぞ。」

 

 これが、佐伯くんとの出会いだ。別の青年から聞いた、彼のお気に入りを用意した。私が彼とのことで一番忘れられないのは、甘いカフェオレを含み嚥下するまでの絵になるほど丁寧な動作と、それに見合わない速度で落ちた一筋の涙だ。

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