4

 退勤後は、蒼くんを遊びに誘う。色んなところに連れ回しているというのが正解かもしれない。美術展に駆け込んだり、気になっていたお菓子屋さんに行ったり、本屋さんに行ったりしている。そろそろ警戒心も溶けてきていそうだし良いかな、とドライブに誘ったらいいですよ、と答えてくれた。嬉しい。

 道中で、ドライブのお供を買った。俺はブラックコーヒーで、蒼くんはカフェオレ。初めてで緊張させてしまうかもしれないし、もしかしたら眠ってくれるかもしれないし、俺も欲しいし、ということでホットアイマスクなども買った。


 ドライブ中はたわいもない話をした。車の中ではCDを流したい派なので、大量にストックしているものの中から、蒼くんにセットしてもらった。クリスマスソングがBGMなんて、まるでデートの典型だ。

「佐伯くんはよく聴く曲とかあるの?」

「僕ですか?僕は……」

その反応を受けて、俺は血の気が引いた。やってしまった、何をやってるんだ俺!?もっと慎重に会話しなきゃならないだろ、デートとか調子に乗ったこと考えてるから悪いんだ。最悪だ。

「ごめんなさい、パッと思い浮かばなかったです。」

すごく小さな声で、蒼くんはすごく苦しそうな顔で言った。

「何を聴いているか考えずに、何気なく聴いていたりもするよねぇ。何かおすすめが思い浮かんだら教えて!知りたい。」

俺は、そう言うしかなかった。うまく笑って言えていただろうか。ごめん、蒼くん、ごめんね。本当はそう言いたかった。でもここで謝ったらもっと蒼くんが小さくなってしまう、と思った。知ってるんだ、本当は。蒼くんは、クラシックが好きなんだ。

 しばらく会話がなかった。クリスマスソングは変わらず流れている。さあ早く会話しようよ、と急かされている気持ちになった。なんて言葉をかけよう。

「佐伯くん、仕事終わりで疲れているだろうし、さっき買ったアイマスク付けて休んでいいよ。寝心地が悪くなければだけど、少し座席を倒して眠ったっていい。」

誤魔化すように、さっき買ったアイマスクを渡した。こくりと頷き受け取ってくれた。その手は震えていた。あぁ、このまま手を握ることができたらいいのに。

 ゆっくりと封を開け、アイマスクをつけた蒼くんは、やがて寝息を立て始めた。途中で車を止めて、そっと座席を倒した。変わらず寝息が聞こえてホッとした。

「蒼、おやすみ。」

気が緩んだのか、口から溢れてしまった。なんてことをしているんだ、集中しろ集中!!はぁ、寝ていてよかった……。色んな感情が渦巻くから、クリスマスソングをやめよう。

「気を引き締めるならこれかな。」

[はじまり/D.Green]と書かれたCDをセットした。やがてアコースティックギターと懐かしい歌声が聴こえる。コーヒーの最後の3口分くらいをまとめて流し込んで、ゆっくり発車した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る