第二章 カフェオレのように

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 俺は、喫茶ゆずのきで働いている。店長のひなたさんとは、この店がオープンした時に出会った。かれこれ5年ほどの付き合いになる。

 昔はバンドを組んでいた。幼馴染と組んでいたスリーピースのバンドだった。それなりに色んな場所でライブをしていたし、サブスクにもオリジナル曲をいくつか載せていた。バンド活動をしている時は、驚くほどにあっという間に時間が過ぎていた。熱中していたし、心から好きだったのだと思う。メンバーとも仲良くて、家族のような居心地の良さだった。バンドを、メンバーを、俺らの曲を、俺らの音楽を、心からそれらを愛していた。それらがあれば他に何もいらないと思うくらいに、依存していたんだ。


 喫茶ゆずのきまでは車で出勤している。ライブをする時にもこの車にメンバーと楽器を乗せて行ってたな。

 ドライブすることで心が落ち着いたりもする。深い緑色のボディもリラックス空間を手伝ってくれていると思う。この色を選んだ理由は、今度またゆっくり思い出すことにしよう。うん、本当は覚えているけどね。いまその思い出に浸るには時間が足りない。 


 9時のオープンに備えて、8時にお店に着くようにしている。ロックのかかるポストを開け、鍵を取り出す。裏口の鍵を開け、そのまま店内に入る。昨日のコーヒーカスとお茶の出し殻がふきんの上に広げられている。

「うん、しっかり乾燥できてるね。」

 これらは消臭剤や掃除アイテムになる。開店準備がある程度済んだら、薄手のガーゼに包んでトイレの隅に置いておいたり、床に撒いて埃と一緒に箒で掃いたり、濡らしたふきんの中に入れてテーブルやイス、壁までを拭いたりする。その時間が結構好きだ。

 朝の仕込みは、トーストに添えるポテトサラダやキャロットラペ、少なくなっているジェラートがあったら新しく作っておくという感じだ。

「今日は何時ごろに来るかな。」

 一緒に働いている佐伯蒼くんのことを想う。蒼くんはホール担当で俺が調理場担当だから、お店に来る時間はバラバラだ。朝にあまり強くないらしいが、8時半から45分くらいには来る。苦手なのに偉いなぁ、と心の中では頭をわしゃわしゃと撫でている。心の中でだけだよ?

 蒼くんが来るまでに、できる限り終わらせたい。ゆっくりお喋りしたいからね。

「おはようございます。」

 カランコロンと響いた後に、眠そうな声が聞こえた。

「佐伯くん、おはよう!床は掃除したから、あとはテーブルをお願いね。」

「はい、了解です。」

 蒼くんは眠そうな声のままテキパキとテーブルを整えている。しばらくその姿を眺めていた。

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