5
柳さんの運転する車は、すごく心地が良かった。丁寧でスマートな運転で、慣れているのかなぁと思った。自分で運転をしないし、車に乗せてもらった経験が多い訳でもないから、誰と比較した訳でもないけれど。
「佐伯くんはさ、海は好き?」
「海ですか?そうですね、好きです。」
「いいよね、見てると落ち着くんだよねぇ。」
そう言いながら、ナビの設定をしていた。海に向かうのだろうか。僕は構わないけれど、柳さんはかなり寒いのではないか。
「ちょっと遠いけど、横浜に行こうかなって思ってさ。着く頃には真っ暗だろうけどねぇ。」
「横浜ですか。あまり行く機会がないので嬉しいです。」
「横浜駅というよりは、みなとみらいの方かな。景色もいいしさ、楽しいんだよね。」
「この時期だと、イルミネーションも見られそうですね。」
「確かに!うわぁ、楽しみになってきた!」
柳さんの顔がさっきまでよりもっと明るくなった。
「佐伯くん、悪いんだけど後ろからCDを取ってもらってもいいかな?」
「わかりました。沢山ありますが、どちらがいいですか?」
「クリスマスっぽいやつにしたいかな。」
「それならこれですかね。」
後部座席の足元には、CDの入った箱が並んでいた。その1番目立つところに、そのCDは置いてあった。ダビングされたもののようで、滲んだ文字で「クリスマスソング1」と書かれている。2もあるのだろうか。
「そうそう!これ〜。入れられそうかな?」
クリスマスソング1のCDを入れ、アコースティックギターと柔らかな女性の声音が流れていたCDはケースに戻した。
「お気に入りの曲をさ、まとめたんだよねぇ。最近はやらなくなったけど、自分でセレクトするのも楽しかったな。」
「音楽、好きなんですか?」
「そうだね、これは好きって言っていいかも。特に、CDを集めたくなっちゃうタイプ。」
そういえば柳さんはお休みの日に、中古ショップで掘り出し物のCDを探すのが楽しいと言っていたことがあった。
「佐伯くんはよく聴く曲とかあるの?」
「僕ですか?僕は……」
次の言葉が出てこなかった。僕は、何をよく聴いているのだろう。そういえば、イヤホンを持ち歩くこともなくなっていた気がする。僕はしばらく言葉を発せなかった。車内にはクリスマスソングだけが響いている。軽快な音楽なのに、少し冷たく聴こえた。
「ごめんなさい、パッと思い浮かばなかったです。」
静寂に耐えられず早口で言った。いつもだったら、言葉のない時間でもこんな風にならないはずなのに。何故だ、何故だ、と頭の中は忙しくなった。
少し間をおいて柳さんは優しい声音で
「何を聴いているか考えずに、何気なく聴いていたりもするよねぇ。」
「……はい、」
「もしおすすめを思いついたら教えて!佐伯くんの好きなものも俺、知りたいから。」
信号が赤になり、ゆっくり停車した。柳さんの視線が僕に向いているのがわかった。何故かわからないけれど、目を合わせることができなかった。その優しい声音が耳にかかりすごくくすぐったい気持ちと、真っ直ぐこちらを向いている視線にぎゅっと心臓を掴まれるような感覚になり、身体が固まってしまった。
やがて信号が青く光り、またゆっくり発車した。そこからしばらく会話はなかった。車の揺れに合わせてコーヒーの入ったカップが、中で音を立てていた。もうきっと冷めてしまったそのコーヒーをズッと飲み、
「佐伯くん」
と静寂が解かれた。
「仕事終わりで疲れているだろうし、さっき買ったアイマスク付けて休んでいいよ。寝心地が悪くなければだけど、少し座席を倒して眠ったっていい。」
自身だって仕事終わりで、運転までしてくれて疲れているだろうに、柳さんはまた包み込むような声でそう言った。
僕は柳さんの優しさに甘えさせてもらい、眠ることにした。アイマスクの温かさと、暖房の暖かさで眠りにつくまでに時間はかからなかったと思う。
そしてまた、僕はいつもの夢を見た。ひとつ違うところがあったのは、僕を呼ぶ声が聴こえた気がしたこと。初めて聴くようで、懐かしいような声だった。
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