第3話

最初に感じたのはにおいだった。


アルコール。

酒の臭い。


何時間も酒をあけた後のような臭いがした。


なんだ? 何で酒のにおい?


やがて靄がはれる。

先ほどまで目の前にいたクソッたれな笑顔を浮かべた鬼畜な鬼や受付はすでに消えていた。


代わりにあったのは巨大なテーブル。そしてその上に生えている酒瓶の森。


いつの間にか俺はそのテーブルに座っており、そして反対側には女性が座っていた。


「よし! これで! いけるのじゃ!」


対面に座っていた女性は、スマホを必死な形相でいじりながら何かを叫んでいた。

なにやらソシャゲをプレイしているらしい。めちゃくちゃ夢中になっているのがわかる。目の前にいる俺に気づかないくらい集中している。


この女性がスキル担当なのだろうか? 確かこちらも神だったよな?


容姿だけ見れば確かに女神といわれても納得する。

顔立ちは整っていて誰もが見とれるような美貌だ。


きめ細やかな綺麗な白い肌、そのさらさらとした髪は肌と同じく白く、胸の高さにまで延びており、赤い目も切れ長で美しい。


こんな人が地球を歩いていたら皆が見とれるだろうが。

とはいえ、人ではないようだ。


頭の上には獣の耳が生えていて、腰からも何本もの尻尾が伸びていた。

獣人という奴だろうか? 何の獣だろう。


狐、か?


ここだけで判断するならおそらくこの人が次の担当なのだろう。


いやしかし、何だろうこの人。全然神っぽくない。

一見すると、平日夜で日中たまったストレスをスマホで解消しているOLみたいな雰囲気を醸し出している。


それに…。

俺は座っているテーブルの上を見た。


最初から目の前の女神以上に視覚的、嗅覚的に存在感を放っている物体たち。つまりは、缶ビールと酒瓶が空の状態で雑に大量におかれていた。


いったいどれだけ飲んでんだこの人。これが人間だったらすでに死んでいる量だ。

もしこの人がスキル転生の担当なら、この人からスキルをもらうんだよな? 大丈夫だろうか。


スキル:酒豪とかいらないんだが。


目の前の女性は未だに俺に気づかず、足を組んで、つまみのスルメやイカをかじりながら、スマホをいじり、たまに缶ビールを流し込んでいた。


そして叫んだ。


「きたああああああ!!!! ボス倒したったのじゃああああ!!!!」

「どうや! 低レアのキャラで倒したったのじゃ! 運営ざまあ!!!!」

「やった!!! やった!! やった!!!」


そして机から飛び上がり何度もジャンプした。

酒瓶が揺れて机から落ちそうになる。


「お?」


女性は俺の顔を見て止まった。

まるで初めて人間をみたかのような顔だ。


「誰じゃお主! 借金の取り立てか!」

「違うわ! 転生者だ!」

「転生者? ああ、何じゃ転生者か」


思い出したかのように女性は言った。


いかん、思わず神様に言い返してしまった。


しかし先ほどの鬼といい、この狐といい、天界の人というのは威厳がないな。

思わず相手が神であるということを忘れてしまう。


まあいいか。敬意なんて払わなくて。こんだけ酒飲んでいる人に払うのもばかばかしい。


というか借金の取り立てって。

まぁこんだけ酒飲んでたらそりゃ借金だらけになるのか?


「そうかそうか、転生者か。よくきたぞ。まぁ、何はともあれ、まずは落ち着くために酒を一杯」


若干赤い顔で杯に酒を注いでいる。


「そしてガチャを一回」

「いや回すな」

「しまった! 課金を止められておる! くそ!」

「止められてるってどんくらい課金してるんだよ」

「だいたい今月の給金の100倍じゃ」

「バカじゃねえか!」


100倍ってどうやって課金したんだよ。クレカの審査ゆるゆるだな。


「バカとは何じゃあ! ばかとはぁ! 失礼な! 妾はこれでもスキルの神であり、そして瑞獣とうたわれし九尾のハクじゃぞ! 威厳ある由緒正しい神なのじゃぞ!」

「借金している神に威厳なんてないだろうよ」

「何じゃお主! なめた態度をとりおって! ろくな死に方せんぞ!」

「もうすでに死んでるし」

「あ、そうじゃった。まったく最近の死者は恐怖をしらんのー」

「それにさっきの鬼にさんざんいじめられたので、なんかもう敬意とかいいかなって」

「鬼? あ、またあの糞気障鬼畜な閻魔のせいか! まったくもー!」


あの神、陰でそんな風に呼ばれてるのか。ざまぁ。

まぁ、この神もたいがいだと思うが…。


「ふん! あの赤鬼を思い出したら仕事のやる気なくしたわ! 妾は酒を飲んでガチャを回します!」

「回すな! 酒飲んでスマホいじるな! 仕事しろよ! スキル転生させてくれ!」

「スキル転生? あーそういえばそうじゃったのぉ。そうかそうか。スキル転生か」


そういうと、目の前の女神は机の上にある酒瓶の森を横に押しのけた。

瓶がバリバリと机からこぼれ落ち、バリバリと割れていく。


「うわぁ…」


酒瓶に余っていた酒がそこら辺に飛び散り、酒のにおいが更に充満する。


「あ、ちょっといい匂い」

「なんじゃぁ? 飲むか?」

「え? いやいいよ」

「いいんじゃいいんじゃ! うまいぞ! 借金して飲む酒ほどうまい物はない!」

「だめじゃねぇか」

「なんじゃぁ! 妾の酒がのめねってのか!」

「いつの時代のノリだよ」

「数千年前から続く酒飲みの伝統文化じゃ」

「とっとと廃れろそのバカ文化。けど…」


実際いい匂いだな…。

そんな俺の様子をみたハクはごそごそと別の酒をとりだして杯に注いだ。


「ほれ! まずはいっぱい! 酒は多くのものを流すのじゃ。お主は前世で忘れたいことはなかったか?」

「忘れたいこと。う…。頭が…」


忘れたいあのこと。

あのえぐられた死因を思い出す。

エロゲ、スマホ、マンホール。


「飲んで忘れよ! 忘れることもいい人生に必要じゃ!」

「だからもう死んでるっての」

「あ、そうじゃった」

「まぁ、確かにあまり思い出したい記憶じゃないな…。来世に持ち越したいわけでもない」


そういうとハクが渡してきた盃を手に取って、軽く飲んでみる。


「うまい」


流石に天界の酒、今まで飲んでいた酒とは全く違う味をしている。


「じゃろうじゃろう! 何せあの鬼畜閻魔秘蔵の酒じゃからの! なんと数千年ものじゃ! あやつの宝物庫に厳重に保管されておったがの! 妾の手にかかればこんな物よ!」

「なんだと! これあの鬼のか! …全部飲んだろ」

「うわっはっは! その意気じゃ!」


二人は再び飲み始めた。

何杯も何杯も飲んだ。


体が人間ではないからか、普段よりも多く飲めた。


しばらくたった。


スキル転生の間。

スキル神によってスキルを与えられ、新たな人生に夢と希望を抱きながら旅立つ場所。


今、そこには酒瓶とさかづきを抱えながら、完全にできあがった二人がいた。


「酒だー!」

「酒をのむのじゃー!」

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