傅役からの意外な教え  十三日目 (十七の日)

 親愛なる我が従弟殿。


 ……すまない、報告書と帳簿の確認に追われてしまって、手紙を書く時間が取れなかった。


 先日書いた通り、今日は父上について私の傅役もりやくが語ったことを話すよ。


 ただ、ひとつ警告が必要かもしれない。


 私は君が、この手紙をただちに読んでくれるとは考えていなくて、これを君が開くのは、君が私に向き合う覚悟を決めた後のことだと思っている。


 けれどもし私の予想が外れていて、何の気なしに手に取って読んでくれているのだとしたら、この手紙に限っては、この先を読むかどうか、一度考えてほしい。


 なぜなら、に触れないわけにはいかない話題だからね。



 陛下に叛旗を翻した父上が捕らえられ、身柄を王都に送られたという報を受けた私は、そもそも領民の生命と財産を守るという、至極当たり前のことを行ったはずの父上の、いったい何が悪かったのか、と傅役もりやくに訊いた。


「政争に負けてしまわれたことですな」

 彼の答に私はびっくりしたよ。もっとこう――何をしたから、という具体的な行動について出てくるとばかり思っていたから。


「民に対するどのような善行も優れた施策も、領主が自身の立場を守れなければ水泡に帰します。例え血が流れず、首のすげ替えだけで済んだとしても、次の領主が同様に民を慈しみ守る保証などありませんからな」


「領主は負けてはいけない?」

 それはあまりに容赦のない教えのような気がして、私はおののきながら訊いたよ。


 厳しい傅役は何の躊躇ためらいもなく肯いたんだ。

「無論です」


 言葉を失った私に、彼は少し表情を和らげた。


「負けてはいけない、と申しただけですぞ。そこで残る道は勝ちしか無いとお考えでは、まだまだ貴方の視野もお狭い」


「負けてはいけないけど勝たなくてもいい?」

「場合によりますがな。物事に勝者と敗者しかいない世界では、あまりに救いが無い。勝てぬとなったときこそ、負けで終わらせぬ道を模索し、生き抜くのです――さあ、お父上個人は負けてしまわれたやもしれませぬが、貴方まで負けで終わらせぬための策を練りましょう」


 その後に何があったかは、君も知る通りここに書くことではないけれど、結果、私は父上のウォータークレスと父上が手を付けられた改革を引き継ぐに至ったんだ。


 この傅役の教えを、君はどう受け止めるだろうか。私としては君にこそ、このことについて突き詰めて考えてほしいと思っている。

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