第10話 不浄の兄弟

「あの親子は、本当に大丈夫なのか?」


 さっきの店での騒動の後、俺たちは急いで飯をかき込んで、エールを一気にあおって店を出た。レーベンが余計な事を口走ったからだ。

 一応、口止めをしておいたので、俺が勇者である事は広まらないだろう。希望的観測だが。


「ああ。それは大丈夫だ。そもそも、ライクスはあの2人に手を上げるような奴じゃねえ。」


 ナッケンが請け負う。


「あいつは元々、一流の冒険者だったから、ドワーフの王様とも繋がりがあったって話さ。信頼されてたんだな。

 だから、ルーの親父のドワーッ、、、あっふん。危なかった。」


 話の途中でグイッと肩をナッケンに引っ張られて、後ろに倒れそうになるのを踏ん張って耐えた。

 また、口を滑らせるところだったらしい。ほぼ手遅れだがな。


「危険が無いのならいいさ。別に事情を知りたいわけじゃ無い。」


 それを聞いたナッケンが、視線をレーベンに送る。レーベンは小さく頷く。

 ナッケンが話し始める。


「俺たちの事情は話しておくよ。『不浄の兄弟』ってやつだ。」


「いいのか? 別に俺は気にしないが。」


「どうせ、また言う奴が現れる。変な事をムートに吹き込む奴だって現れるだろう。

 なら、先に本当のところを説明しておいた方がいいと思ってな。」


「そうか。なら話を聞かせてくれ。」


 ・・・・・・・・・・・・


 城に戻る道すがら話を聞いた。まとめると、2人は、ドワーフの父とエルフの母の間に生まれた混血児だ。しかし、エルフ族とドワーフ族は仲が悪く、交流を絶っているらしい。なので、母親がナッケンを身籠った時に2人は駆け落ちしたんだそうだ。


「エルフの森にも、ドワーフの山にもいられないからな。強い魔物がいて、他の奴らが寄り付かない所に家を建てたんだ。父ちゃんも母ちゃんも、腕っこきだったからな。」


 レーベンが遠い目で家族を語る。


「俺たちも必然的に鍛えられたってわけだ。そしたら、ある時、厄介な魔物に襲われているパーティに出くわしてな。その中にヴァイゼルがいたってわけだ。」


 ヴァイゼルとの出会いはナッケンが語る。


「俺たちは、やり慣れてる魔物だったから、サクッと倒してやったんだよ。で、お礼がどうとかって話になって、、、」

「なぜか城に勤める事になったってわけだ。」


「「なんでだろう?」」


 今更、首を傾げる兄弟だった。


「まあ、それは置いといてだ。エルフとドワーフが交わる事はどちらの種族でも『不浄』とされてるんだ。だから、俺たちは『不浄の兄弟』なんだと。

 でもよう。俺たちゃあ、父ちゃんも母ちゃんも大好きだから、この呼ばれ方は我慢ならねえんだ。」


 レーベンが顔を顰めながら言う。


「それと、『人間』には関係ない話のはずなのに、わざわざ『不浄の兄弟』って呼びたがる奴がいるんだ。それも、少なくない数な。」


 ナッケンも表情が曇る。


 この世界でも、差別があるって事なんだろう。それは想像に難く無い。嫌な話だがな。


「なるほどな。じゃあ、ナッケンは母ちゃん似で、レーベンは父ちゃん似ってわけか。」


 2人は兄弟で顔を見合って、少し驚いた様子だ。俺に差別的な感情が全く無い事に気づいたらしい。


「ああ。ハーフでもどっちかに形質が偏るらしい。俺も母ちゃんから散々父ちゃん似だって言われたもんさ!」


 嬉しそうにレーベンが語る。


「人間とのハーフでも同じだ。親のどっちかに強く似る。なのに、なんでか分かっちまうんだよなあ。純血の奴が混血を見ると。」


 ナッケンは暗い表情のままだ。


「そう。だからルーの奴も、、、どわーったたっ!」


 また、口を滑らすレーベンの肩をナッケンが引っ張るのだった。


「人間は繁殖力が強くて人口も圧倒的に多い。だが、寿命は短い種族だ。ドワーフなら人間の3倍、エルフは10倍以上生きる。しかし、繁殖力もそれに順じて弱いんだ。

 特にエルフは純血の子供がもう何年も生まれてない。その間に何人も死者が出ているから、人口は減る一方さ。」


「でも、長老達は頭が堅いったらありゃしない。血が薄れると種族としての力を失うと思ってやがる。だから、混血を忌避するんだよ。」


 なるほどな。『純血=高潔』だから『混血=不浄』と言うわけか。

 でも、特にエルフは人口も少なそうだし、近親交配が重なって子孫を残せなくなったんじゃ無いのか?

 混血を進めれば、『部族』としては力を取り戻せるけれど、『種族』としては消えてしまうかも知れない。

 だからこそ、若くて強い混血の世代が生まれる事を、高齢な長老達は警戒しているんじゃ無いだろうか。


 まあ、余計なお世話だな。それこそ、賢者様がなんとかすべき問題だろう。


と、少し黙ってそんな事を考えていると、


「そんな事よりさあ、どうやってライクスをぶっ倒したんだ?」


 レーベンがわくわく顔で尋ねてくるのだった。

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