第8話 エールの種類

「ここだよ!」


 王城の正門から真っ直ぐに伸びる大通りから1本筋違いの裏通りに入ると、そこは市場だった。さらに市場を突っ切り、裏手に回ると、お世辞にも綺麗とは言えない、屋台や飯屋が並んでいる。


「ここはさあ、この辺で働いてる奴らの来る店なんだ。店構えはこんなだけど、安くて旨い店の多い穴場なんだよ!」


 ドヤ顔のレーベンが教えてくれる。


 とりあえず、3人で一通りのラインナップを見て回る。なんだかわからない具材のゴロゴロ入ったスープと、堅そうなパンの組み合わせが、一番オーソドックスな食事らしい。


「肉が入ってる奴は精がつくが、ちゃんと臭みを消してない店のは慣れないとキツいぜ。

 野菜だけの店の方が無難だけど、俺は食った気がしねえ。」


 レーベンは肉食らしい。見た目もそんな感じだ。


「俺は野菜だけでも十分なんだが、香りの良い野草が加わるとなお良しだな。」


 兄は草食だった。


 いくら見てまわっても、味を知らないので選びようがないな。


「じゃあ、今日はレーベンのおすすめの店を教えてくれないか?」


「そうこなくちゃ!!」


 喜色満面でレーベンが駆け出すのを、やれやれと言った様子でナッケンが見送る。


「おーい! こっちだって!!」


 大声で呼ぶレーベンを、通行人たちがジロジロ見ているので、慌てて追いかける。


「ここだ! 

 おかみさん! 飯を三人前と、俺はポーター頼む!!」


 もう、待ちきれなかったらしい。お目当ての店にさっさと入って、注文までしてしまうレーベン。


「いつまでもガキンチョなんだ。許してやってくれ。

 おかみさん! 俺はヘザーを頼む!!」


 ナッケンも何やら注文している。


「ムートはどうする? 酒は好きか?」


 どうやら、料理と一緒に飲む酒を注文したらしい。

 元の世界では未成年だったから、酒は飲んだ事が無い。でも、郷に入っては郷に従えだ。


「一番売れてるやつを貰おうか。」


「じゃあペールエールだね。ありがとよ!」


 ハスキーなおかみさんの声が返って来た。


 ペールエールは元の世界でも聞いた事がある。たしか、イギリスで定番のビールの種類だ。全く同じものかどうかはわからないが、酒の味なんか知らないから比べようも無い。


 早速、木のジョッキに並々と注がれた酒が運ばれる。


「今日も母ちゃんの手伝いかい? ありがとな!」


と言って、運んできた子供に銅貨をじゃらっと、レーベンが渡してやる。


「ありがとう! 兄ちゃんたち!!

 ゆっくりしてってくれな!!」


 元気なお礼が返って来た。


「最近、森が物騒でさあ、迂闊に子供らが入れないんだよ。木の実やキノコはこれからなんだけどねえ。

 チップ弾んでくれたんだね。ありがとよ。こっちもサービスしといたから遠慮なくやっとくれ!」


 おかみさんからもお返しがあるらしい。どうやらレーベンとはかなり良好な関係が築かれている店のようだ。


 他の店より明らかに大きな腕に、並々と入ったスープに、ぎっちりと具材が入っている。腹は確実に膨れる量だ。

 具材は根菜と肉。それに、荒い千切りのキャベツっぽい葉野菜だ。


 早速、食事を頂いてみる。スープは塩味。それに具材の味が染み出している。シンプル極まりないが悪くない。スモーキーな香りがするのは、肉が燻製されているからだった。野生みの強い肉だが、燻製香のお陰で、俺でも食べやすい。

 添えられたパンは、硬く中が黒っぽいラグビーボールのような形のものを厚めにスライスしてある。酸味があって好き嫌いが分かれそうだが、俺は好きな味。レーベンとは好みが合うのかも知れない。


 ペールエールを一口啜ってみる。まず、ビールが常温なのに驚くが、冷蔵庫が無いんだから当たり前か。しかし、想像と違っていろんな香りがして旨い。もっと苦いだけの汁を想像していたので驚いた。


「こいつも試してみろよ。」


 レーベンが頼んだポーターのジョッキが差し出される。

 真っ黒な液体で、口をつけるには勇気がいる。


「心配しなくても、材料はほとんどペールエールと変わらないぞ。麦を黒焦げになるまでローストしてから醸造してるだけさ。

 なんか、飲むと馬力が出るってんで、荷運び人足の連中が好んで飲むから、いつの間にかポーターって呼ばれるようになったんだとよ。」


 口に近づけるだけで、香ばしいと言うよりも焦げ臭いに近い香りだ。しかし、飲んでみると苦味は強い物の、思ったほどでも無い。癖は強いが、慣れたら癖になりそうだ。


「では、こっちも試してみるがいい。」


と言って、ナッケンがヘザーのジョッキを差し出す。

 見た目はペールエールより少しだけ色味が濃いくらいの違い。香りはあんまり感じないが、口にすると爽やかなハーブの余韻が漂う。なんだこれ?


「気に入ったようだね。これは『グルート』を使うようになる以前の製法で作られたエールなんだ。

 ヘザーって言う野草が使われているから、そのままヘザーエールって呼ばれている。」


「グルートってなんだ?」


 知らない単語が出て来たぞ。


「エールは酒精が弱いから、発酵途中で腐る事が多い。だから、それを防ぐためにいろんなハーブをブレンドしたものを加えるんだが、そのハーブミックスの事をグルートって呼んでる。

 ヘザーの役割は、より防腐効果の大きいグルートに奪われたんだが、その風味を懐かしむ者も沢山いて、こうして残されているってわけだ。」


 どうやら、俺の飲酒デビューは、元の世界で流行っていたクラフトビールのルーツで行われたようだ。

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