第2話 賢者ヴァイゼル

 記憶がはっきりしない。見たことも無い場所に、見たことも無い人間。

 『選ばれし者』なんて言っているが、俺は裸で地面に転がっている。


 なんだ? この状況。


 勇者ムート? 俺はそんな名前じゃ無い。


 うさんくせえにも程がある。


 そばに立っている若い男が、羽織っていたマントを俺に差し出す。みっともない物を隠せとでも言うように。


 俺は立ち上がってマントを背中に羽織ると、敢えて前を晒す。


「ハハッ! さすが勇者様だ。気が強いとみえる。僕はヴァイゼル。賢者会議の第6席で、ムートのお世話係みたいなものさ。

 よろしくね!」


 爽やかな笑顔で握手を求めてくるが、俺はそれを無視する。


「ここはどこなんだ? お前達は何ものだ? 俺に何をさせようとしている?」


 頭に浮かぶ疑問をそのまま口に出す。


「貴様! 賢者様に向かってなんと言う態度だ!」


 俺の背後に控えていた、甲冑を纏う騎士が、俺の無礼な態度に業を煮やし、背後から頭を抑えつけようと手を伸ばす。


バリン

ガシャーン


 騎士の周囲から、ガラスが割れるような音が響くとともに、騎士が意識を失って倒れた。


「な、、な、なんだ?」


 俺は狼狽えた。


 ヴァイゼルと名乗った男は笑顔のまんまで、


「おいおい。無礼なのはどっちなんだろうねえ。神の怒りに触れちゃったかな?」


と倒れた騎士に向かって言うと、今度は老人たちに向かって、


「見ての通りです。彼の資質に問題はありませんよ。それよりも、ちゃんと説明して協力を取り付けないといけません。

 予定通り、私にお任せを。」


 老人たちは黙っている。


「おい。だから、俺の質問に答えやがれって!」


 俺が声を荒げる。俺自身が混乱しているのを誤魔化すように。


「まあまあ。疑問には全て答えるから、まずは、その格好をなんとかしませんか?

 部屋を用意してありますし、そちらへ移動しましょう。」


と言って、扉へと俺を誘導する。


「アイツらはなんだ?」


 俺は老人たちの事を尋ねる。


「第1席から第5席だよ。僕も合わせて『賢者会議』って呼ばれてる。王様の諮問機関みたいなものさ。」


 そして俺のすぐそばに近寄り、耳打ちする。


「敵だよ。」


 思わずヴァイゼルと名乗った男の目を見る。そこにさっきまでの作り笑いは無く、真剣そのものだった。


 俺は口をきくのを止め、ヴァイゼルについて行く事にする。

 他の賢者会議とやらは、一言も発する事なく二人を見送るのだった。


 丸い部屋を出て通路を歩いていく。壁も床も石造りの、中世の城にいるようだった。外の様子を伺えるような窓は無い。


「なあ、あんた、」


「ヴァ、イ、ゼ、ル!」


 俺の発言に強い口調で被せて来やがった。


「なあ、ヴァイゼル。俺はどうなっちまったんだ?」


 今度は最後まで喋らせてくれたが、


「その質問は安全な場所についてから答えるよ。」


 こちらを振り返る事なく、ズイズイと俺を先導して行く。

 かなり早足なので、俺もちんたら歩いてはいられない。駆け足気味の速さでヴァイゼルについて行く。


 緩やかにカーブする階段を降りると、その先の通路は尖塔へと向かっている。


「君の部屋だよ。悪いけどあの塔の最上階だ。」


 何が『悪いけど』なのかと思ったが、ようは、逃がさないって事なんだろうな。


 塔の入り口の前には衛兵が立番をしており、扉にはゴツい関貫がかけられている。

 ヴァイゼルが近づくと衛兵は敬礼し、すぐに関貫を外してドアを開けた。


 ヴァイゼルに続いて俺も中に入る。扉はすぐに閉められ、ゴリゴリと関貫を挿す音が聞こえた。

 尖塔の一階は丸い小部屋で、壁際に長い螺旋階段が上へと伸びていた。

 部屋の真ん中には不自然な床板が張られた場所がある。地下牢でもその下に隠されているのかもしれない。


 所々の壁に燭台が設置されている以外、何も無い殺風景な塔を登って行くと、天井が見えて来る。階段は天井に開いた穴へと通じており、穴を括るとまた小部屋だった。

 螺旋階段はそこで途切れ、部屋の天井は上に行くほど狭まっており、先端はとんがっているのだろう。

 床からは到底届かない高さに、明かり取りだか、空気孔だか、壁に穴がいくつか開いていた。


 部屋には簡素なベッドと、机、椅子。それと、何も入っていない小さな棚が壁際に置かれている。

 机の上には衣服が一式置かれていた。


「とりあえず、その服で我慢してくれ。すぐにマシなのを用意するから。」


 俺はオーバーサイズ気味の簡素な服を着る。


「イゾリゴン!」


 ヴァイゼルが突然よくわからない言葉を発する。

 すると、ヴァイゼルの右手が光を帯び、それが天井、壁、床一面を照らす。


「もう大丈夫だよ。結界を張った。この中の出来事を外の人間が知る事は出来ないよ。」


 ヴァイゼルの貼り付けたような笑顔の目がさらに細くなる。


「そんなに警戒しないとヤバい状況なんだな。説明してくれるか?」


「意外と冷静なんだな。助かるよ。」


 ヴァイゼルは本当に感心したように、少し目尻を下げる。


「あ、えと、俺の名前だが、」


「それは言わない方がいい。」


 自己紹介を遮られた。


「その理由も説明してくれるんだな。」


 ヴァイゼルは無言で頷く。


「君はこの世界、『ラウムツァイト』に召喚されたんだ。」


 頭の中に?マークがいくつも浮かんだ。

 

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