6

 ――『今日も来ないのか?』友人からの、メッセージだった。

 僕はスマートフォンを開いて、溜息をついていた。後ろからそれを見ながら、あの時僕は、友人にうんざりしていたのだと思った。僕は大学三年生で、最低限の単位は取りつつも、徐々に大学からドロップアウトしようとしていたのだった。

『来週はいくよ』文字を打ち、消した。『体調が悪かった』やはり、消した。『うん』これだと思ったのに、結局遅れず、文字を消して、スマートフォンの電源を切った。布団を被り、もう一度眠った。

 起きて、スマートフォンを付けた。置き時計はあったが、弱弱しく光る時計の文字を見るのが、億劫だった。友人からメッセージが届いていた。

 ――『レジュメはポストに入れておくから。出席は、俺が感想書いておいたから、来週はそれ読んで、来いよ』

 僕はそれを読み、優しさに苦しくなった。彼は今、空っぽの洞窟に語り掛けていると思った。

 ――『無理はしなくてもいいけどさ』

 無理はしていなかった。大学に入ってから、無理なんて、したことがなかった。僕は何をしようとも思えず、ただ暗い意識の底に籠っていただけなのだ。うつだ、と指摘されたことがあったが、それは多分違った。現実を深刻に捉え、積極的に絶望する意識さえ、僕は持ち合わせていなかった。

 ポストに入ったレジュメを取り出した。律義に、教授の発言のメモまで書かれていた。字が奇麗だった。僕が読めるように、わざわざ二枚目に後から清書したに違いなかった。僕は部屋でそれを読みながら、指に力が入っていくのを感じた。

 気が付くと、紙は細かく千切れ、宙を舞っていた。僕はそれを、つまり、友人の善意を破って捨てたのだった。何をしているのだろう。その時の僕が思っていたことを、今、俯瞰しながら、再び思っていた。スマートフォンが手の中にあった。焦るように文字を打った。僕は、何かから逃げ惑うように息せき切って、しかし、確実な破滅を追っていた。

『死ね』

 僕の指は焦りの中で快楽を感じていた。その甘い感覚の中で、メッセージは既に送信されてしまっていた。……


 僕は真面目に講義を受けるようになった。はじめ、友人が心配して話しかけてきたが、僕はそれを全て無視した。学外で新しい友人を作った。仲が特別良いわけではない、僕の内面に入り込もうとしない、そういうドライな関係を、僕は求めていた。

 単位は全て取ることが出来た。僕は大学に、行く必要がなくなった。……

 

 何故今、それを夢で見る必要があったのだろう。後悔しているわけでは、ないはずだった。僕はあの甘い指の痺れを、今でも心地よく思っていた。それはおそらく、背徳ですらなかった。感覚は自慰に似ていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る