第12話 陰原園子にもう一度告白した
マネージャーを初日で解任されるという、陰原のせいで恥ずかしい黒歴史の一頁を刻んでしまった俺だったが、そんなよくない流れは立て続きに起こるらしく、いったい何があったかっつうと、夏休みに入る前最後の登校日……つまり終業式の教室で、ひとりのクラスメイト(陽キャラ)が「この前春田振られたみたいだけど、じつはまだ陰原に未練あるんじゃね? 恋心抱いてるんじゃね」的な面倒くさいことを言い出しやがったのだ。
だがもちろん俺には未練もクソもなく、そもそも陰原を好きになったことがないのだ。近頃陰原とよくつるんでいることからそう踏んだんだろうが、実際のところは誤解だとしかいいようがなかった。
だから俺も疑いをかけられたとき、即刻否定してやればよかった。「はいはい、だるっ」みたいな態度を取ってへんに流そうとしたのがいけなかった。
気づいた頃にはクラスを巻き込む騒ぎとなっていて、挙げ句の果てになんかしらんけど「陰原にもう一回告白しろ」という流れになっていた。
そうなったときの俺の心境はいわなくてもわかるよな。いちおう、「やっちまったぜ……」だ。机に突っ伏して頭抱えてたよ。
もうここまで事が大きくなったらすげなく断ることはできん。じつは好きじゃないだの、告白はしないだのいえん。なんたって場がしらけちまうからな。
そんなのたいしたことねぇだろって、中にはそう思うやつも多いだろうな。だが俺の中ではたいしたことなんだよ。陽キャラ集団にとってノリは何よりも優先されるべき事項であって、たとえ好きでもねぇ女に振られようと絶対にやり遂げにゃならんのだ。アイデンティティそのものなんだ。それをなくしたら死んだも同然なんだ。
まぁそうはいうてもだ。実際は相手にもよるよ。告白する相手がまじに受け取ってしまうタイプならそうもいくまい。それはあまりに不誠実だし、最悪傷付けちまう恐れがあるからな。その場合は甘んじて死を受け入れようじゃねぇか。陽キャラとしてのな。
とはいえ今回にかぎってはその心配も無用だろう。相手が陰原だからだ。俺にその気がねぇのはようくわかってるに違いないし、勘違いの起こりようもない。せいぜいあいつもまた面倒なことに巻き込まれたなと、俺と同じように嘆息し、告白をきっぱりと断った後、裏でちくちく小言をいってくるのだ。
俺はその戦後処理なるものをすればいいだけの話。さすれば晴れて陽キャラのメンツが保たれるってもんだ。
陰原に二回も振られることで、また新たな黒歴史を刻んでしまうのかもしれん。だがいまさらひとつやふたつ増えたところで、正直俺の生活は変わらんだろうし、何かしら支障をきたしたとしても、もうじきやってくる夏休みがそれらをすべて忘却の彼方へと消し去ってくれることを願っている。
少し長くなっちまったかな。しかしこれで俺も踏ん切りがついた。
教壇に立ち、相合い傘(春田陽|陰原園子)が書かれた黒板を背負って、堂々とみんなの前でこういってやったのだ。
「ああ、そうだよ、わりーか!? 俺は陰原のことが大好きだよ! だからどうか付き合ってくれぇえええええええええええ!」
そしたらまぁえらいことになった。教室全体が蜂の巣をつついたかのようなどんちゃん騒ぎだ。興奮のあまりシャツをはだけ出すやるもいれば、ハッピーセットのCMに抜擢された子どもたちに負けんくらいの絶叫をかますやつもいる。「告白したぁああああああああああああ!?」
事態を引き起こした張本人である俺も、さすがにこのカオスな状況にはどん引きしたぜ。ここでふつうは相手の返事待ちって流れになるんだが、もうその気配を微塵も感じさせないくらいフィーバーしてたからな。「うわぁあああああああああああああ!?」もはやこれ放送事故だろ……。
みんなにはついていけんし、収拾もつけられそうにねぇなと思った俺は、ひとまず陰原をつれて避難することにした。
安全なところならどこでもよかったのだが、無我夢中で走り抜けたその先にあったのは、図らずも前回罰ゲームで陰原に告白した体育館裏だった。
俺は無意識に掴んでいた陰原の手を離した。
「いやにしてもなかなかの荒れ狂いようだったな。あの中にいたらたぶん俺たちにまで飛び火して、ハッピーセットのCMばりに叫ばされてたと思うぜ。逃げてきて正解だったよ」
「そうですね」
「いくら盛り上がるにしても限度ってもんがあるよな。悪気がないのはわかるんだけどさ、一定量超えるとこっちもついていけんっていうか……いいてぇことはわかるだろ?」
「わかりますね」
「こういうときはおまえみたいな陰キャラが羨ましくなるよ。ディスってるわけじゃねぇぞ。良くも悪くもフラット、感情の起伏が小さくて疲れることがないからな」
「はぁ」
「ってさっきから聞いてんのかよ?」
「聞いてますけど」
俺は首を傾けた。そうはいうけどあきらかに様子がおかしい。
いつもならもっと早口でまくし立ててくるはずだ。騒ぎに巻き込まれた不平や不満を遠慮なく俺にぶつけてくるだろう。なのに今回にかぎってはやけにおとなしい。何か悪いもんでも口にしたのかって心配になるほどだった。
てなるとこれは非常事態だ。すぐさま身体の中から悪いもんを取り除かにゃならん。
俺は挙動不審な陰原の背中をさすろうとした。しかしそのときだった。
その気配を察した陰原は、ぴょーんとにゃんこが背後に迫る蛇に気づいたときのように後方へ大きく飛び跳ねたのだった。おお……露骨に避けてやがんな。
俺は避けられる原因を考えてみた。だが当然ながら思い当たらない。昨日までふだんどおり絡んでたからな。
あるとしたら今日、さらに絞ってまさにこのときだろう。不平不満を飲み込ませるくらい超越した要素がどこかしらにあったのだ。
陰原をようく注視してみた。言葉数が少ないこと以外ふつうだ。いつもどおり髪はぼさっとしてるし、じめじめっとした陰キャラオーラを身に纏わせている。例のぐるぐる眼鏡も変わったりなどしてない。
ふうむ。何が違うってんだ?
しかし観察を続けてようやく気づけた。俺のじゃなきゃ見逃しちゃうね。わずかに、ほんのわずかに陰原の頬が赤らめいているのだ。
この時期だし寒さとか、風邪などのせいではないだろう。
そこから導かれる答えはひとつしかないよね。
俺もにわかには信じられんが、あの陰原園子が照れていたのである。クラスメイトらの前で公然告白されて、口数も少なくなっちまうくらい緊張してやがったのだ。
ほんとこれには面食らったぜ。陰原なら告白がノリでやったもんだとすぐに見抜いてくれると思ってたんだが、まさか真に受けちまうとはな。もはや腹の底から笑いがこみ上げてくるわ。
「くくく……」
そんな俺を不審に思ったのか、陰原が険しい目つきでにらんでくる。
「いったい何がそんなにおかしいんですか」
「そりゃおかしくもなるだろ。まさかおまえが告白を真に受けて、そんなふうに乙女の顔されちまったらさ」
「ななっつまりあれはすべて嘘だったというわけですか!?」
「ああ、そのとおりだよ。嘘も嘘、大嘘。冗談演技猿芝居。俺がおまえみたいな陰キャラを好きになるわけねーだろ」
今度は照れというより羞恥によるものだろう、陰原の顔面は耳まで真っ赤に染め上がった。
それを目の当たりにした俺は笑いがこみ上げるどころじゃない。それはもう爆笑に決まっている。
腹をよじらせながら笑ってやった。
「前回と違って罰ゲームじゃないからこれは本気だとか、背中をとんとんしようとしたときもしかしてこの場で襲われるんじゃねぇかとか、そんないらん心配でもしたんか。なんつうかまじ自意識過剰だよな! アハハ」
そこでやっと陰原がいつもの調子に戻った。恥ずかしさと怒りで肩をわなわなと震わせながら、一気呵成に罵詈雑言を浴びせてくる。
「そうやって乙女の心を弄んだりからかったりするなんてほんと人として最低ですよね陽キャラとか陰キャラとか以前の問題ですよいっそのこと大型トラックにでも轢かれてスライムに転生したほうがよかったんじゃありませんか万が一私があそこでオーケーの返事を出してた場合どうするつもりだったんですかそのときは冗談でしたなんて言葉じゃ片付けられませんよ!?」
「そんときゃ土下座でも上履き舐めでもなんだってしてやるつもりだったよ。いやでも面白いこと訊くんだな。てっきりおまえの頭の中にゃ万が一の可能性もないと思ってたぜ。実際のところ俺をそうした異性の目で見てたんだな。いやーほんと照れくさいわー(棒読み)」
おちょくるとそこで完全にぷつんと糸が切れたようだ。両手をクロスして、それからまるで片手剣でも扱うかのように「ザッシュ、ザッシュ!」とかの有名な16連撃を一心不乱に食らわしてきたのだった。
「スターバーストストリィイイイイイイイイイイイイーム!」
つっても陰原は黒の剣士でもビーターでもない。ただのひとりのか弱い女子なのだ。だから残念ながら俺にはその攻撃も、せいぜい虫に刺されたくらいのなんてことないダメージに過ぎなかった。
だがせっかく陰原とはいえ、女子がこうやってじゃれついてきてるのだ。茶番に付き合ってやるくらいのことはしてやるか。俺陽キャラだしな。
俺は目をきゅっとつむって、棒読みで台詞を吐いた。
「わーやめてくれー。残り半分以上もあるHPが全部削り取られちまうよー」
「死にゃあああああああああああああああああ!」
しかしどんなに気合いを込めて叫ぼうと茶番は茶番だ。ほんとに死ぬわけもなく、そして陰原の怒りと羞恥も消え去ることはなかったのだった。
まもなくやつもそれを悟ったんだろう。次第に威勢はなくなっていき、最終的にはラスボスをやっつけようにも途中で守るべき人をなくして無気力状態になった主人公みたいにほとんど惰性で剣を振るっていた、ってじつはキリトくんなのかもしれんな。
そんななんちゃってキリト、いやキリコちゃんに情けをかけてあげた。
「まぁ自惚れてるし、痛々しいやつとは思うけどよ、俺はそんなおまえのこときらいじゃないぜ。一緒にいておもろいし、まぁまぁ居心地いいし、むしろ好きとはっきりいっていいまである」
そんな気を遣った優しい言葉を、何を勘違いしたのか、勝機を見つけたといわんばかりにまたもや攻め立ててきた。
「とかいってじつはまんざらでもないんじゃないですか一緒にいて居心地いいだなんて自覚症状ないのかもしれませんがなかなかのこといってますよ恋人に求める条件そのものですよにもかかわらず素直になれないとかつまるところあれですかツンデレってやつですかルイズフランソワーズルブランドラヴァリエールさんですかルイズぅぅうううわぁあああああん!」
中途半端に同情しちまった俺が間違っていた。こういうやつはきっちりわからしてやらにゃならん。
「あんま調子こくな。俺が好きつったのはあくまでダチとしてだ。異性どうのこうのいった点でいくと、やっぱりおまえは論外だ。にもかかわらずおまえはそれを本気にしちまった痛い子ちゃんだ。その事実だけはどう足掻いたところで変わらんぞ」
「ぐはぁ……!」
俺のパンチラインはクリティカルヒット、無事わからしてやることに成功したようだな。陰原はその場に足下から崩れ落ちていった。
しかし反撃はそこで終わらんぞ。糸の切れた操り人形状態になってる陰原に、容赦なくツーバース目をかましてやる。
「だいたいな、前にもいったかもしれんが、俺を異性のやらしー目で見てるのはそっちなんじゃねぇのか? 偽の告白されて赤くなっちまうくらいだしよ。だがそれも無理ないぜ。なんせ俺は陽キャラでそのうえいけてるしな。並の女子だったらイチコロよ。それがおまえみたいなやつなら尚更だろ」
自分でもだいぶ踏み込んだことをいったと思う。それがかえって仇となったらしい。陰原に反論の隙を与えてしまった。
眼鏡の奥にある瞳に光が戻った陰原は、立ち上がって憤慨していた。
「ほうこれはまたずいぶんとお高くとまってますねええですがある程度は認めて差し上げますよそこらへんに転がっておられる並大抵の女子でしたら春田くんみたいな陽キャラには脊髄反射的になびいてしまうのでしょうねところがそこにはひとつ誤算があって私みたいな並大抵の女子ではない素晴らしい品格の持ち主にとってはチョロいどころか願い下げなわけですよおまえに品格などないただの陰キャラだと蔑まれるのであればそれもかまいません私たち陰キャラ一同は何があろうと陽キャラ集団には恋愛感情を抱いたりしませんのでとくと胸に刻めよこの三下が」
「とても陰キャラ代表者が語る言葉とは思えんな。それはそうとおまえいましれっと陽キャラだけじゃなくて、陰キャラ以外すべてのやつを敵に回したな。いいのかよこのまま全面戦争になっても。みじんこVS人間だぞ。ちょっと息吐き出したらどっか飛んでいっちまうくらい楽勝なんだぞ」
「全面戦争望むところですよみじんこだの楽勝だのおっしゃるのであればぜひ証明してみせてくださいよとはいえ命はそんな粗末に扱うものではありませんからねそもそも争点は恋愛面にかぎったことなのです交友にかんしていいますとこちらも決して悪くないと考えておりますふだんひとりでは行きづらいところも彼らとならば非常に心強いですしまた個人の弱点だったり苦手だったりするところも彼らの力を借りれば乗り越えられるような気がしますなんだか頼ってばかり申し訳ないように見えるのですがじつはそんなことなくて奉仕する彼らも彼らでひそかに慈愛なる精神が育まれてるのですつまるところ相乗効果Win-Winな関係ということですねそういうわけでどうでしょうここはひとつつまらぬ恋愛よりも交友を重要視するということで手打ちにしませんかね穏便に」
そういって陰原はすっと手を差し出してきた。
ほんとのところは分の悪いとみた陰原が日和っただけだろうし、おまえの世話焼いたところで特に満たされるものはねぇよとか、いろいろと突っ込みたいところはあったんだが、かといってそうするのもめんどくさく、これ以上からかってやるつもりもなかったので、おとなしくその手を握り返してやったのだった。
けれどこれだけはいわせてくれ。
「んだよその落とし方は」
ともあれだ。かくして俺たちはめでたく? これからもよろしくねってことになったのであった。
なんつうか不思議な縁だよな。
陽キャラと陰キャラ。ふつうは交わることのない人種。
それがしょうもない罰ゲームに負けたことがきっかけで告白することになり、ふつうはそこで振られてハイ終わりってなるところなんだが、そのあまりに陰キャラすぎるあやつの癖が妙に俺の心に刺さっちゃって。振られてからもなんだかんだ絡んでるうちにそこから抜け出せなくなって。気づけば肩の上までどっぷり浸っていたりしてな。
まさしく沼だよ。
しかもそのせいで二度も告白させられる羽目になるしな。そこでまたあっさり振られると思いきや、なんかしらんけどまんざらでもないような微妙な空気出してきやがるし。そこをおちょくったらおちょくったらで、戦争するかどうかの話にまで広がるし。で結局のところやらねーし。
二度も告白して恋人同士にはならず、それでいながら縁も切れないっていうね。これを不思議といわずして何というのか。
認めるのはちと業腹だが、俺と陰原のあいだにはそれこそ方位磁石のN極とS極のような切っても切れない引力が働いているのだろう。
だとしたらちとまずいかもしれん。
このまま引き寄せられ続けたら、もしかすると三度目の告白タイムがやってくるんじゃねぇか? 三度目の正直とかなんとかいうし、そのときぐるぐる眼鏡を外していようもんなら、さしもの俺とてころっといっちまうんじゃねぇか? 年貢の納め時ってやつじゃねぇのか。
考えるだけでもぞっとするぜ。まさかあの陰キャラおもしろ女なんかと。
だが俺はすぐにそんなの杞憂だと思い至った。いやはや、ありえない。たとえどんなに素顔が可愛かったとしても。地球が何回まわって何回ピンチが訪れようとも、俺とあいつが未来永劫に渡って添い遂げることはねぇな。
ん、なんでそんな自信持って言い切れるんだって?
答えは簡単さ。なぜならば『陰キャラな陰原園子は早口でコミュ障』だからな。
陰キャラな陰原園子は早口でコミュ障 塩孝司 @siokouji_kaku
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