兄と妹とはなんですか?②

 昼時のファミレス。学生服はどこよりも多く、どうにか空いた席についた頃には十三時を回っていた。

 あの後、とりあえず移動しようと切り出したのは俺だ。

 たった一言で、じゃあ。と切り上げるには興味が消えない話題であろう。

そもそも新田とファミレスに向かうつもりだったのだから、移動先としては正当であるはずだ。そこにひかりが同席するのも、話の流れ上おかしなことではない。

 案内された四人席に、新田と向かいになって兄妹が並ぶのもおかしくはない。


「変な感じだな」


 さしあたってドリンクバーで飲み物を調達し、一拍置いてから新田は切り出した。怪訝というよりは、収まりの悪さが先行したのであろう。あまりにも斟酌しない直球には、苦笑いするほかない。


「妹だって聞いてたから勝手に年下だと思ってたし、変な感じだ」

「言ってなかったしな」


 詮なきことだ。伝えようと伝えまいと、妹という事実は曲がらないのだから。

 だが、あえて誤解を解くこともしていなかった。トラブルは避けたいのが実情だ。血が繋がらない同級生の妹が持つ破壊力は、存外見過ごせない。

 新田はまじまじと、俺とひかりを見比べる。

 害意はないんだろう。少なくとも、外観にはそんな気配をてんで感じさせなかった。


「まぁ、飯食おう。腹減ったわ」

「だな」


 実際に場をとりなせば、新田はあっさりとメニューへ寝返った。さらりとひかりにメニューを差し出す気遣いすら自然に引き出すのだから、抜け目のないやつである。

 ファミレスのメニューなんて特別でないかもしれないが、コストを考えれば財布に優しく美味しい店舗である。高校生にしてみれば、なおのことだ。

 悩ましく空腹を刺激してくる写真を見ながら、メニューと財布で相談をする。ひかりの眉間には深い縦皺が寄っていて、真剣度合いは容易に量れた。

 ひかりは楽しみなことだろうとなんだろうと、考え込むと表情が険しくなる。人を誤解させるほど、感情と顔面の統率が取れていないことがあるのだ。


「海鮮丼ってなんでこんなに美味そうなんだろうな」

「だよね!」


 ひかりが反応している単語は海鮮の部分ではなく、どんぶりのほうだろう。

白米好きはキャラクターグッズに限らない。


「……お前、どうする?」

「え、えっと、オムライス? でもランチ系も」

「俺は日替わりかなぁ」

「日替わり何?」

「日替わりは日替わりだろ」

「内容を聞いてんだよ」


 ぱらぱらと捲りながら、新田の注文品に辿り着く。


「日替わりも美味しそうですね!」

「ため口でいいよ。ひかりちゃんは優柔不断?」

「……そんなことないけど」


 ひかりは本気でそう思っている。

 そして実態として、ひかりは食事以外の案件で優柔不断さを見せることは少ない。事象に対して尻込みはすることはあるが、胸の内は揺らがないことが多かった。故に、思いあぐねていることもあるが。

 女の子の洋服選びで、どっちが可愛いと思う? の回答が決定しているという恐ろしい事実と同じくらい堅固であるのだ。ひかりとの買い物でその問いが投げられたときのために、やり過ごすテクニックを身に着けておいたほうがいいかもしれない。


「じゃ、どうする?」

「えっと……うー……」


 眉間どころか、顎にも皺が寄っている。

 見れば見るほど苦しそうで、これが喜びに溢れた局面での姿かと苦み走る。それでなくとも、女の子――というか、誰であっても公共の場で繰り出すには不適切なプライベートカスタマイズされた表情だ。

 一極集中なのは分かっているが、せっかくの見てくれが台無しなので、体裁を整えることくらいは覚えたほうがひかりのためだろう。


「どんぶり……オムライス、ランチ系……」

「飯物がいいんだろ? 俺、ピザ」

「海鮮丼の下りどこいったんだよ」

「いや、滅多に食わないだろピザって」

「そんなことなくない?」

「お前はさっさと選べよ。どんぶりものでいいんじゃね? かつ丼とか」

「……うー」

「ひかりちゃん悩むなぁ」

「いいだろ、もう。お前かつ丼食ってろよ」

「お兄ちゃん横暴だ」

「からかうな」


 新田の合いの手をあしらいながら、メニューを決定する。

 ひかりに任せていたら、いつまでたっても決まらない。普段なら、二品! と手を合わせて俺を拝んだかもしれないが、今はそういう気分でないらしかった。

 新田に対して遠慮をしているか、それとも一目惚れ相手に乙女的思考回路が発動しているか。ひかりは妙に少女漫画脳なところがある。可愛いものが自分に似合わないと遠ざけるくせに、というのはちょっとした偏見だろうけれど。

 だから、少しは逡巡もあるようなのだ。大食いにも限度はあるし、可愛い女の子は引くほど食わないと。

 そういった感情が表立った煮え切らなさだろうと、切り捨てて注文した。

 ひかりはしばらく反抗的に俺を見上げたが、美味しそうだよ。と言い包めれば、そうだけど。と納得したようだ。


「穂村ってひかりちゃん相手だとそんなんなんだな」

「なんだよ、そんなんって」

「なんかこう……強気ってか。普段そんなことないだろ?」

「え、チカに強気なとことかあった?」

「いやいや、勝手にメニュー決められてるけど」

「あれはいいんです。食べたかったし」

「そういうこと」


 同じ場面を体験していても、新田とひかりで感じ取り方が真逆だ。単純にひかりが扱われ方に慣れているとも言える。

 妹に対して、自分が甘い生物だと自覚があった。こういうときに率先してひかりを導いてしまうのも、俺たちの間では特殊ではないし、ある種で甘えの一部であるような気がしている。


「本当に仲いいんだなぁ」

「普通だと思うけど」

「そうですよ」


 ひかりのため口と敬語の入り混じったありようが普通に溶けるような運びに、新田は苦笑を零した。

 半端に納得がいかず、知れずひかりとアイコンタクトを交わす。

 俺たちが本当の兄妹になったのは、春先のことだ。つまり、まだまだ新米と呼べる。交流だけに焦点を当てれば小学生の頃から続いているから、仲が良く見えるのだろう。兄妹として仲がいいと言われると、なんともすんなりいかない。

 ガキの頃は、親の知り合いの娘。ただの遊び相手だった。父子家庭と母子家庭の子どもたちは、疑問視することもなく公園を走り回っていたのだ。

 中学に入る頃には、それとなく予感し始めた。

 親父はひかりの母のことを良く思っているのだろうと、ようやく俺にもそういった目が養われたのだ。ひかりがどのタイミングで気が付いたのかは聞いたことがないけれど、どこかではきっと気付いていただろう。

 そして、高校に入る年、結婚をしたいという家族会議が持ち掛けられた。

 揃って高校が決定したお祝いの席でのことである。驚いたというよりは、ようやく決意したかとその頃には思うようになっていた。

 それから籍を入れて、高校の書類は軒並み母の欄に新しい名前を記入した。俺はその程度ですんだが、ひかりは苗字が変わったのだから、もう少し入り混じった意思があったかもしれない。

 そして四人で新生活をスタートさせるものと思っていた矢先、外国人であるひかりの母に海外移転の話が持ち上がった。元々海外支社のある会社で、入社も海外だったらしい。

 そして親父は、それについていく決意をした。

 高校が決まっていた俺たちは日本に残り、兄妹になっていきなり二人暮らしをスタートさせる高ハードルを越えねばならぬ事態となったわけだ。

 けれども、ぎこちなさはあっという間に緩和されている。そもそも、友人の中でもかなり近い位置にいたのだ。そして、どこかで覚悟をしていたこともある。

 俺たちは子どもだけれど、意志がないわけでも自主性がゼロなわけでもなかった。義理の妹は、義理の母に信頼を持って預けられた唯一無二の大事な妹だ。俺はひかりを守る義務があると思っている。

 こんなことを言うと、ひかりはきっといい顔をしない。女だから? と顰めっ面を寄越すに決まっている。けれど、やっぱり守ってやりたい子なのだ。庇護すべき妹である。距離を縮めることに、後ろ向きになるポイントはなかった。

 それでも俺たちには、相容れなかった時間が膨大に存在している。

 友達なら当たり前の、兄弟にしてはやはりどうしても免れない家族ではない時間。だから、俺とひかりにはめいめいに謎めいた性質だって性格だって存在している。どうにか生活の擦り合わせが終わった段階だった。

 だから、仲が良く見えるのは、友人としてだろう。兄妹仲が良いのかは、分からない。俺たちの距離感は、周囲の兄妹とは違うのだ。

 そういった内心を省いた軽い身の内話に、新田は適度な返事を織り交ぜながら耳を傾けていた。

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