僕の物語

 夜の公園は閑散かんさんとしていた。

 馬鹿だな――僕自身でもそう思う。

 わざわざ真夜中の公園に来て、誰も居ないことに安堵する。


 端的に言って、僕は異常だろう。


 学校では、友人もそれなりに居るし、社交性がないとは言えない。

 昨日だって、放課後に友人と遊びに行ったばかりだ。

 それが嫌いな訳ではない。むしろ楽しいとさえ思う。

 それなのになぜ、こうも一人で過ごす時間が落ち着くと思うのだろう?

 公園のベンチに座ると冷たい感触が伝わってくる。


 道路から車のエンジン音が聞こえてくることもなく、無音――心地よい。


 僕は見るとはなしに公園を見た。

 昼間は子どもたちでいっぱいであろう遊具は、今は誰も居ない。

 主を失ったその金属製の遊具たちはどこか寂しげに見える。

 こうして座っていると、僕自身が景色の一部になって消えていくような錯覚に陥る。いや、実際そうなのかもしれない。

 何の主体性もない、ただの背景。それが僕にはふさわしい。

 そう考える理由はなかった。しかし、間違っていない気がした。


 繋がりなど全て断ち切ってしまえばいい。


 そう。かせを外してようやく、自分自身があるがままの姿であれる気がした。

 人はそれを「絆」や「縁」というが、一種の枷だ。

 あるがまま、考えるままに行動していればそこから孤立してしまう。だから、人は集団において利益のある行動をとり続けなければならない。

 冷たい風が頬を撫でる。

 なぜ、人は自分を曲げてまで集団に属したがるのだろう。本能だろうか。

 僕は専門家ではないし分析する気もない。ただ、自分はそういう性分であるというのでもいい。

「また、お前か」

 自転車を押して警察服の男が近寄ってきた。

「ああ、今井いまいさん。……こんばんは」

「こんばんは……って、言われてもなあ」

 男は後頭部をポリポリとかいた。

「本来なら、高校生は居ちゃいけないんだがなあ……」

「誰にも迷惑かけてないし、良いでしょう?」

「いやまあ、それはそうなんだが……」

 この今井というお巡りとは、何度か会っていた。

 パトロールの一環としてこの辺りを夜中に回っているらしい。

「で、なんだ? また一人になりたくなったのか?」

「ええ、まあそんなところです」

 僕は曖昧に答えた。

 言っても意味なんて分からないだろうし、そもそも意味があるのか自分にも分からない行動だ。下手に説明するよりはいい。

「しかしなんだ……友達や彼女とつるんで深夜まで遊び歩いてるのなら分かるが、一人こんな夜中に公園に居たって何になるのやら……」

 今井は無遠慮に言った。

「意味なんて、ないのかもしれません」

 僕は正直に答える。


 意味なんて、与えてほしくもない。


 そう。ただ一人でこうして居るだけでいいのだ。

「そうか。まあ、あんま良いことじゃないから早めに帰れよ」

「はい」

 そう返事すると、今井は立ち去っていった。

 こうして、また一人になった。

 空を見上げると星が見えた。

 だが、ひょっとするとその星はもう既に無くなっていて、目に届いている光はずっと昔のものかもしれない。ありもしない物を見ているかもしれない――その事実を、人は当然こととして受け入れる。


 結局は、慣れなのだろう。慣れてしまえば、疑問すら抱かなくなる。


 それでも、時折僕のような「慣れない」人間が居る――それだけのことかもしれない。

 社会不適合者。そんな単語が頭をよぎる。

 しかし、それで良いのではないか?


 僕はベンチに深く腰掛けると、しばらく星を見ていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る