誰にも届かない
異端者
私の物語
人は、どうして誰かと繋がりたがるのだろう?
がさりと足元の落葉が音を立てた。
夜の森は暗い。私はその中を小さな懐中電灯の明かりだけで進んでいく。
もし事故を起こして、歩けなくなったら終わりだろう。
スマホは森に入る前、林道脇に停めた車の中だ。助けは呼べない。
だが、それでいい――たとえ野垂れ死んだとしても、誰かとの関わりを絶ったままでいたい。少なくとも今だけは。
とある小さな会社の事務所で。
「あの、
「ああ、そうだな」
「明日使う書類のことで電話したんですが――」
「ああ、出なかったろ?」
「はい」
「明日、出社してくるまで待て。……どうせ今夜は『入ってる』だろうから」
「は?」
今夜は満月だ。
私は満月の晩、晴れていたらこうして森に入る。
それがなんの意味を持つのかは、私自身にも分からない。
ただ、全ての糸を断ち切りたい――そんな衝動に駆られることがあるのだ。
電話、メール、SNS――現代社会には、人と繋がろうとする道具が
時折、それら全てが煩わしいと感じることがある。
枕元にスマホを置いて、寝ている時さえも繋がろうとすることに理不尽を感じる。
それは、異常だろうか?
私は、頭がおかしいのだろうか?
足を進めると、落葉を踏む感触が伝わってくる。
相変わらず森は暗く、私は一人だ――それにとてつもない安堵感を感じる。
昔から、そうだった。
他人との繋がりを維持しようとする努力は苦手だった。
年賀状も暑中見舞いも書かず、電話でも必要な時でしかやり取りしない。
そうして、職場で顔を合わす人を除いて年々知人友人というのは減っていった。
私は、生きるのが下手だろうか?
分からない。ただ、異様なまでに繋がりを求めるこの社会を嫌悪している。
どうして、他人と無理に接点を持つ? 必要な時だけ連絡すれば良いのではないか?
私は歩みを速めた。記憶が確かならばもう少しのはずだ。
「知らないのか? ……あいつは
「え? …………なんですか、それ?」
「あいつは満月の晩になると、連絡手段を一切持たずに森に入るんだと」
「は? それはどういう理由で?」
「分からん。ただ、たまには全てと関係を断ち切らないと……おかしくなるんだって、な」
ここだ。
そこは空が木の枝に覆われておらず、少し開けた場所となっていた。
見通しの良い空には満月が浮かんでいる。
私はそれを見て、はらはらと涙を流した。
意味は分からなかった。
月と自分だけがそこに居る。そんな風に感じた。
ふと思った。
今までしてきたことに、本当に意味のあることがあっただろうか?
おそらく、ないだろう。
それなのに勝手な理由を付け、さも自身に価値があるように見せかけねばならない――繋がりを保つために。
私は、そんなしがらみから解き放たれたい。
四六時中、誰かとやり取りすることが当たり前の現代。それが難しいことは分かっている。
しかし、それは時として気付かずに互いに傷付け合うような、悲劇の出来損ないの喜劇のように私の目に映るのだ。
懐中電灯を消して落葉の上に横たわった。がさりと大きな音がした。
無言で満月を見つめ、涙を流す。
暗い森の中で、そこだけが開けて月光が差している。
端的に言うならば、現代人は中毒なのだ。繋がり中毒。
それはブランケット症候群のように、常に繋がっていないと不安なのだろう。
もっとも、余程極端でない限り病気だと認定されることはない。それを始めたら、薬も病棟も足りなくなる。
むしろ、私のようなそれを嫌う者を「矯正」する方が手っ取り早い。
どうして、人は多くの昆虫のように必要最低限しか関わりを持たずに生きられないのだろう? アリやハチはともかく、他の多くの昆虫は交尾の時期以外は勝手にしている。
私の考えは傲慢だろうか? もっとしがらみを捨てて、自由に生きても良いのではないか?
答えは出ない。ただ、月は丸かった。
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