体育の時間にて 3
そして体育館は昇降口の上にある。つまり、保健室まではかなり近いのだ。
それでも階段を下りなければならないため気をつけないといけない。
ふらつく涼香を支えながら、菜々美は階段を下りる。
「
「私のことはいいわ……先に行きなさい……‼」
「……私一人で保健室に行っても意味が無いと思うの」
そんなことを言える程元気なら、保健室に行かなくてもいい気がするのだが、転んだし、あの空気の中戻りたくないし戻したくない。
「確かにあなたの言うとおりね。ありがとう、菜々美」
「ちょっと待って、私名乗ってないと思うんだけど」
水原涼香の名前は一年全員が知っているが、菜々美の名前などを憶えている人はまだそこまでいないはずだ。
クラス内でさえまだ全員の名前を覚えていないはずなのにだ。
「体操服を見て顔と名前が一致したわ」
「そうなの……」
体操服の左胸には、各生徒の苗字が刺繡で入っている。だからといって、菜々美の名前を知っているという説明にはならないのだが、そこをツッコむ前に保健室に辿り着いた。
「失礼します」
涼香を連れて保健室に入ると来客に気づいた養護教諭が菜々美を見て意外そうな顔をした後、涼香を見て、訳知り顔で頷いた。
「またあなたなの、水原さん」
「また?」
「そうなの。あ、ここに座らせて」
「ふらふらするわ」
「ごめんね、やっぱりベッドで」
「あ、はい」
菜々美が涼香をベッドに寝かせている間、養護教諭が保冷剤を準備する。
保健室にベッドは二つあり、それぞれカーテンで仕切られている。
奥のベッドはもう先客がいるらしく、手前のベッドに涼香を寝かせる。
「体育の時間で転んだであってる?」
「あ、はい」
保冷剤を受け取った菜々美が涼香の赤くなった額に保冷剤を当てる。
「ひんやりして気持ちいいわね」
「えっと、あなたは……」
「あ、柏木です」
「柏木さんありがとう。もう大丈夫だから、授業があるでしょう?」
怪我人は涼香だ。その怪我人を連れて来た菜々美自身は、涼香を運べばもうこの場にいる必要は無い。
それに体育は三限四限と二時間連続だ。まだ三限すら終わっていない。いつまでも保健室にいてる訳にはいかない。
ただ――。
「菜々美、私のことはいいわ。早く戻りなさい。それと運んでくれてありがとう」
「水原さんも元気そうだから一緒に戻る?」
今一緒に戻るのなら、あの空気を味わうのは涼香一人ではなく菜々美と二人なのだ。しかし菜々美だけ先に戻ると、あの空気を一人で吸ってしまう。それに、教室に戻った涼香も一人であの空気を吸ってしまう。それは菜々美の身勝手なのだが、涼香を自分みたいに、一人で傷ついてほしくないのだ。
「私は怪我人よ? 安心しなさい、すぐに追いつくわ」
「そう……分かったわ」
どうやら保健室で休んでいくようだ。無理強いはできない菜々美は、養護教諭に会釈して体育館へ戻るのだった。
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