体育の時間にて

 入学してから三日目、三時間目と四時間目には体育がある。体育は二クラス合同、菜々美ななみ達三組は、水原涼香みずはらりょうかが所属する四組との合同だった。


 既に涼香と授業を共にしている四組はまだしも、初めて同じ空間で授業を受ける三組の盛り上がりは凄まじかった。


 その盛り上がりを、他人事のように眺めていた菜々美。ここねと共に手早く体操服に着替え、そそくさと体育館へと向かう。


 初めての体育ということもあり、やることは整列して体操だけだ。後の時間は親睦を深めるということで、ドッジボールをやることになったのだ。


 体育館全面を使ってのドッジボール、三組対四組のクラス対抗戦。


 注目されるのは当然、水原涼香だ。羽が舞うようにボールを避け、必中のボールを投げる、そんな雰囲気が出ていた。誰もが涼香は運動ができるものだと、体育教師も訳知り顔で頷いていた。


 誰もが涼香の投げる姿が見たい。期待に輝かせた目をしながら、ボールは四組に渡し、涼香が投げることになった。


「では、いくわよ!」


 初めて聞いた涼香の声。澄み切った川の流れる音のような心地良さ、声までも綺麗なのかと、三組の生徒達が感動している。


 ――この後のことは、我を失っていなかった一部の生徒だけが見ていた。その中には菜々美とここねも含まれていた。


 まず、大きく振りかぶった涼香がボールを投げる直前、指先からボールが綺麗に滑っていった。滑っていくだけならまだしも、全力でボールを投げようとしたため、そこそこの速度と、割と強い回転のボールが、涼香の隣にいた生徒の顔面へクリーンヒット。そのままボールは縦横無尽に飛び回り、涼香以外の内野選手全員が星を飛ばしていた。


 そしてボールはコロコロ転がり菜々美達三組のコートまでやってきた。


「あら?」


 全力で投げたはずのボールが、転がって相手コートに行ってしまったことに首を捻る涼香。すぐに味方が星を飛ばしているのを見て、恐ろしいものを見たような表情を浮かべる。


「時間停止能力……⁉」


 そんな訳ない――と言いたいがその場にいる全員の時間が止まってしまった。あまりの衝撃に。


 そんな中、菜々美だけは動くことができ、転がってきたボールを持ち上げる。


「きなさい‼」

「え、あ、はい」


 相手コートで唯一立っている涼香に向かって、菜々美はボールを投げる。


 なんとも言えない投球、ふらふらっとボールが涼香へ向かう。


「甘いボールね!」


 涼香が胸に向かってくるボールを、手を構えて迎える――が。


 涼香の指はボールを弾き、上に逸れたボールが、見事涼香の顔面に真正面から綺麗にぶつかる。


「ゔっ」

「えぇ……」


 そのあまりにも綺麗な流れに、菜々美は目を点にする。


「顔面はセーフと言いたいところだけど、先に手に当たってしまったわ……突き指ね」


 悔しそうな涼香。そのテンションに誰もついていけない。


 とりあえず外野と変わろうと、涼香は歩き出すが――。


 ビターン。と綺麗な音を奏でて転んだ。


 これには他の生徒も目を点にするしかなかった。


 その周りの変化に気づいたとき、菜々美は、自分の鼓動が早くなっていることに気づいた。

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