放課後にて
この日は家庭科室で最終下校時刻まで過ごした。来たついでに体験でもしていきなよ、ということで、
まだ体験だということで、後片付けはやらないでいいと言われ、二人は
「
綺麗にラッピングされた、所々焦げているクッキーを持ち上げながら、菜々美はため息をつく。
「中学の時から作ってたんだ」
二人とも同じレシピ、同じ分量で作ったはずなのだが、なぜ差が出てしまったのか。
ここねの、綺麗に焼けたクッキーが眩しい。
教えていた花耶も、なぜこうなったのか分からないといった様子だった。
「やっぱり私には向かないわね」
「不器用なの?」
「という訳ではないはずなのよ。センスの問題かしらね……?」
昔から料理関係などは、最後のなにかがおかしくなって上手くいかないのだ。分量も全てレシピ通りに作っているため、味は少し失敗したという程度。
「センス……?」
「センス」
「そうなんだ」
一緒にお菓子作りをしたことにより、仲が縮まったかと思ったが、まだ無言が気まずい。
「……明日はどこの部活行くの?」
せっかく仲が縮まったと思ったのに、このまま別れてしまうと、明日は少し気まずい思いをしそうだ。ということで、菜々美は頑張って言葉を放った。
菜々美の言葉を受け、ここねは少し天井に目を向けた後答える。
「……文芸部か家事部、インテリアコーディネート部、水槽楽部のどれかからかなぁ」
「そっか……」
話を振ってみたものの、部活に入る気が無いため、どのような反応をすればいいか分からない。
もしここねについて行っても、入部する気の無い人間が来たら、部活側も迷惑ではないのかと思ってしまう。
「……もしかして、明日も一緒に行ってくれるの?」
「え⁉」
まさかの言葉に声を上ずらせる。
ここねが上目遣いで菜々美の顔を見る。今すぐにでも撫でたい衝動に駆られるが、それをなんとか抑える。
「そ、そんな‼ 部活する気の無い私なんかが行っても迷惑になるだけよ⁉」
「でも、わたしは
即座に返されてしまい、菜々美はここねの言葉を全身で受けてしまう。
確かに、一年生一人で部活動を見学するのは不安もある。他に一緒に回ってくれる人を探す手間を考えるのなら、ある程度仲のいい菜々美が一緒の方が気持ちも楽だ。
「うっ……」
「……だめ?」
「駄目じゃ……ないけど……」
駄目じゃないのなら、それはここねと一緒に回るということだ。
ここねはなにも言わずに菜々美をただ見つめている。いつの間にか、菜々美の背は壁についていた。
逃げ場は無い。そもそも逃げるつもりは無いが。
「分かったわ。明日も芹澤さんについて行くわ」
「やったあ」
嬉しそうに飛び、ここねは菜々美から離れる。
なぜこれだけのやり取りでここまで緊張してしまうのだろうか。菜々美は深呼吸をする。
落ち着いたところで、手の持つクッキーに目を落とす。緊張のせいでクッキーを持っているという意識が完全に抜けていた。粉々にはなっていないが、割れてしまっている。
「あぁ……」
「どうしたの」
首を傾げるここねにクッキーを見せる。
「……割れてしまったわ」
「わっほんとだ」
この調子だと、帰る頃には粉々になっているかもしれない。
「今食べようかしら」
家庭科室で何枚かは食べているが、まだ食べられる。全て食べてしまっても、夕食が入らないという程、菜々美は小食ではない。
「どうして?」
「このままだと家に帰る頃には粉々になっているかもしれないのよ。電車は混んでいないだろうけど、今みたいに持っていることを忘れてしまうかもしれないし」
「そうなんだ……?」
菜々美の言っていることがいまいちピンときていないらしいここねであったが、なにか思いついたのか、見ている側が安心するような柔らかい笑みを浮かべる。
「じゃあ、わたしのクッキーと交換しようよ。それなら、柏木さんが忘れること無いと思うから」
「え、でも、私の割れているクッキーを渡すわけにはいかないわ。それに、焦げてしまっているし」
「大丈夫だよ、割れていても食べられるし、焦げなんて気にしないから」
「でも美味しいのは芹澤さんのクッキーでしょう?」
「それなら、美味しいクッキーを柏木さんに食べてほしいの」
申し訳ないと断るが、ここねは問題無いと食い下がる。なぜそこまで交換にこだわるのか、菜々美には分からないが、やがてここねの熱心な説得に負けて交換することにする。
互いに交換したクッキーの重さを感じながら、菜々美とここねは昇降口までやってきた。
最終下校時刻ということで、それぞれ部活動に所属している生徒達が昇降口に固まっていた。まだ春だが、運動部は汗をかくのだろう、制汗スプレーの香りが僅かに匂う。
仮入部期間は今日からなのだが、運動部は既に一年生の数も多い。そんな運動部の間を縫って、靴を履き替えて二人は駐輪場へと向かう。
「ごめんね、ついて来てくれて」
「ううん、せっかく一緒だし、待っているのもアレだから」
そう言われてにっこりと笑うここねの頭を撫でたい衝動に再び駆られた菜々美だったが、なんとか抑える。
なぜこれほどまでにここねの頭を撫でたくなるのだろう、不思議だ。なんてことを考えている間に、ここねは自転車を取ってきた。
「お待たせ」
「じゃあ行きましょうか」
途中で考えるの止めた菜々美、考え事をしていても、手に持つクッキーは割れていなかった。
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