家庭科室にて
放課後になって、水原ラッシュが終わるまで待ち、
図書室とは違い、家庭科室のある場所は、新入生は気軽に向かうのを躊躇うような場所だ。
姉に会えるということでスキップしそうな程テンションが高かった麻耶だったが、今は一歩一歩確かめながら歩いている。
「やっぱり怖いわよね……?」
先頭を歩いている菜々美も、麻耶のようにゆっくりと歩いている。
ここねはそんな菜々美の後ろを歩きながら、さりげなく菜々美のブレザーの裾を摘んでいた。
三人とも、お化けが出そうということではなく、入学したての一年生が、上級生達の跋扈する場所に来ているということが怖いのだ。
ここねが、自分のブレザーの裾を摘んでいることに気づいた菜々美、小さくて可愛いここねが怖がっている、その事実を目の当たりにして、その小さな頭を撫でたいという感情に駆られる。
撫でようと手を伸ばしたが――ここは学校だ、広いがそこまで広くない。三人は家庭科室まで辿り着いた。
「着いたあ……」
その場で軽くうなだれた麻耶、緊張が解けた様子で大きく息を吐く。
扉は閉ざされているが、中は明かりが点いていることが窺える。
バンッ、と勢いよく麻耶が扉点いている
いきなりのことで菜々美とここねは一瞬固まる。
「お姉ちゃああああああああああん‼」
「ふぐぇー」
二人が中を覗くと、摩耶が姉の花耶に突撃していた。
「ちょっとちょっと、なんで麻耶がいるのー?」
少し間延びした声だが、声に驚きが混じっている。
頬ずりしてくる麻耶を手で押し返しながら、花耶はここね達の方を見る。
「ここねー助けてー」
花耶はそう言ってくるが、麻耶と親しいのは菜々美の方だ。
ここねは助けを求めるように菜々美を見る。それだけでなにか察したらしい菜々美は、恐る恐る声をかける。
「あの……内田さん?」
「「ん?」」
「いや、えっと……麻耶さんの方です」
姉妹だからといって、このタイミングで同時に反応するのはボケているのか、と思ったが、さすがに先輩にはツッコめない。
「私?」
自分のことかと、一瞬動きを止めた麻耶。その隙に脱出した花耶はパタパタとやってくる。
「ありがとう、ここねの待ち人」
菜々美の隣を通り過ぎる時にそう言って、ここねの前へやって来た。
「うわーんお姉ちゃーん」
花耶を追いかけようと麻耶もやってくるが、それを菜々美は止める。
「
「えぇ、でも」
「そのまま捕まえておいてー」
「え、あ、はい」
離そうかと迷ったが、先輩の言葉を無視する訳にはいかない。麻耶を後ろから羽交い絞めにする。
「ほらほら、こっち来て。来てくれたってことは家庭科部に入部でいいんだよね?」
その間に、花耶はここねの背中を押して椅子に着かせる。
すぐさまティーポットから紅茶を入れてここねの前に出す。入部届も忘れずに出す。なんならボールペンを持たせていた。
「えっと、先輩……詳しい話を聞こうと思って……」
「そんなもの無いよ。部活動紹介で言ったことが全て」
「えぇ……」
「……ごめん」
「いえ、大丈夫です」
部活動紹介で、他に興味のある部活が無かったから別に入部届を書いてもいいのだが――。
「あの、先輩。妹さんは……?」
「麻耶の入部は拒否するよ。どうせボクが卒業したら部活に来なくなるだろうから」
「なんでそんなこと言うのお姉ちゃん!」
「あ⁉」
菜々美の拘束から逃れた麻耶がここねの隣に座る。
ここねは少し横にズレて、いきり立つ麻耶から距離を取る。花耶もここねの前に置いた紅茶を少し遠ざけ、腕を組んで妹を見上げる。
「なんなの、家であれ程言ったよね?」
「でも部活は私の自由じゃん!」
「だとしても、麻耶がいい加減にやるとここねに迷惑がかかるんだよ」
まだ入部届を出していないのに、既に家庭科部員扱いされているような気がする。
それにツッコむことはできないからなにも言わないが。
「なんで
花耶の言ったことに対してか、ここねの名前に対してか、麻耶は声を荒らげる。
「運命だね」
しかしそれに慣れているのか、花耶は笑いながら答えた。
とりあえずここねの隣に椅子を持ってきて座った菜々美も、名前の出ているここねも、ただ黙ってその会話を聞いている。
麻耶が泣きそうな顔でここねを睨んでくるが、どう反応すればいいのか分からない。
「こらこら睨まない。はい、おやつあげるから」
「うぅ……、ありがと」
「はい、ここねとここねの待ち人も」
「あっ、ありがとうございます」
「……ありがとうございます」
貰ったお菓子は、小さなラッピング袋に入ったフィナンシェだった。
「それ食べて落ち着いたら麻耶は帰って。話は家でしよーか」
「うぅぅぅぅぅぅ……‼」
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