第49話

 翌日、村野から正式な通達があった。

 社長は交通事故を起こして逮捕されたが、相手が軽傷ということもあり、すぐに釈放された。

 実際には任意同行らしいが、ネット上では逮捕ということになっていて、文見たちには真実はよく分からなかった。

 居眠り運転が原因で、飲酒の事実はないという。

 しばらくは出社しない。下手すれば家宅捜索を受ける可能性がある。社外への発表は顧問弁護士と相談してから行うため、誰も社員として一切発言しないこと。

 といった内容が社内チャットで共有される。


「家宅捜索されたらどうしましょう……」


 暗い顔をした門真が言う。


「別にやましいものないでしょ」

「そうですけど、それじゃ我々も犯罪者みたいじゃないですか」


 犯罪者という単語がぐさっと刺さる。

 確かに警察がオフィスにやってきて、書類をあさったり、パソコンを持っていったりする様子を思い浮かべると、恐ろしくて仕方ない。

 別に自分は何も悪くないが、悪い組織に所属している感じが出てしまう。


「会社潰れるかもね」

「そういうこと言わないで!」


 反対側隣にいる木津がぼそっと不吉なことをつぶやくので、文見は本気のツッコミを入れる。


「なら、黙って仕事しなさい。他にやれることないんだから」

「そうだけどさ……」


 ゲームの売り上げはだいぶ下がっていた。

 叩けるものは叩いてやろうという精神だ。「ヒロイックリメインズ」では粗探しが始まって、悪いところ、ダメなところ、バグなどが列挙されていき、☆がどんどん1に近づいていった。

 それに対して文見たちができることは、よりよい商品になるよう取り組んでいくしかなかった。

 もともと不具合や未実装の多いゲームだったが、そんなところで不当な評価を受けなければいけないのはつらかった。

 文見はスクリプトを打っていたが、自然と目から涙が溢れてくるので困った。苦労して産んだ子がこんな仕打ちを受けないといけないのは悲しくて仕方がない。





 社長が出社したのは交通事故から三ヶ月後のことだった。

 それまでは右腕の村野が切り盛りし、「ヒロイックリメインズ」は新キャラのガチャや新イベント実装を行い、何とかセールスランキング200位前後の売り上げを維持していた。今の運営規模からするとギリギリのラインである。

 スマホゲームの収益のほとんどはガチャだ。ガチャは熱狂的な状況を作り出すことで、多くの人が通常ではあり得ない課金する。だがその熱が冷めてしまえばどうでもよくなってしまう。

 「ヒロイックリメインズ」は信用を失って、いずれ潰れてしまうかもしれないと思われるようになった。ゲームがサービス終了すると、せっかくガチャで手に入れたキャラや武器も、ただのデータとして消える運命になってしまう。これではもうガチャを引こうなんて思わない。

 ガチャ上の楼閣は脆くも崩れようとしていた。

 社長からは社員に対して、交通事故のあらましと謝罪があった。

 内容は報道やSNSに出回っていることがだいたい事実であるという。これからは誠心誠意取り組んでいくことで信頼を取り戻していく、と締めたが、これまで音沙汰なかったことで社員の間には不信感が募っていた。


「小椋、ちょっといい?」


 いつものように文見の席に久世が来ていた。


「また噂話? 聞き飽きたよ……」

「それが今回いつも以上にやべえんだよ」

「はあ……。そういうの好きだね」


 と言いつつも文見も噂話が好きだったので席を立ち、オフィスの外に出た。

 秋葉原もだいぶ寒くなっていた。

 いつも寂れた公園にやってきたが、上着を着てこなかったのでちょっと寒い。


「聞いて驚くなよ」

「あんなことあったんだから、もう何が起きても驚かないよ」

「そうか? それなら安心だ。いくぞ! 聞いて驚くな! そらいくぞ! 絶対驚くなよ!」


 久世はもったいぶって何度も言う。


「……なんと! ノベが買収されるんだって!!」

「……は? 買収?」


 テンションの格差。思いも寄らぬ単語にぽかんとしてしまう。


「買収ってどういうこと?」

「ゲーム部門ごと、他の会社に売ってしまうんだってよ!」

「うん? よく分からないんだけど……」

「あのなあ……。簡単に言うぞ。経営が悪くなかったから、会社を売り払うことになったんだよ!」

「えええっーーー!?」


 驚かないとは言ったが今年一番の絶叫してしまった。

 その声に大勢が振り向くが、またあいつらが騒いでいるという認識で、それぞれはすぐ自分の仕事に戻る。


「え? あたしたちクビなの?」

「それは大丈夫だ。どうやらチームごと売り払うらしい。俺たちはそのまま他の会社に移籍だってよ」

「そうなんだ?」


 あまりにも大きな変化に文見の理解は追いつかなかった。


「会社は変わっちゃうけれど、俺たちのやることは変わらないってことだな」

「それならいいのかな? どこの会社になるの?」

「よく聞いてくれた。聞いて驚け! ヘキサゲームス!」

「ヘキサ!? 超大手じゃん!」


 ヘキサゲームスは国内最大クラスのゲーム会社である。

 文見が好きな「ドラスティックファンタジー」もヘキサゲームスの主力製品である。

 不穏な話だったが急に嬉しくなる。


「ふーん、ヘキサかあ。ふーん」

「顔にやけすぎ」

「だってヘキサだよ。みんなの憧れの会社じゃん」

「まあな。日本人なら誰でも知ってる会社だし、一部上場企業だしな!」


 ベンチャーから一部上場企業。その響きは悪くないように思えた。

 親によく、そんな名前の聞いたことない会社に入って大丈夫? と言われていたが、これで言い返せる。

 現金なものだが、死中に活とはこのことかもしれない。


「買収って、やっぱ社長の事故が響いてるの?」

「ああ、会社のイメージがかなり悪くなって売り上げ下がってるからな。社長としては、自分の作ったゲームがそんなところでケチつけられるのが許せないらしい」

「それは分かるなあ。でも、売っちゃっていいの?」

「お金が大切に決まってるでしょ」


 急に木津が現れて言う。

 会社を飛び出してきたようだった。


「観月!?」

「二人が仲良く出て行ったから、怪しいと思ってね」

「怪しくないって!」

「それはいいとして、社長はヘキサに部門の切り売りを誘われて、これ以上『エンゲジ』の価値が落ちないうちに売ろうと思ったわけよ。このまま自分がプロデューサーとして開発を続けても悪影響と分かってね」

「転売みたいな? 結局、金儲けってこと?」

「当たり前でしょ、人間なんだから」


 確かに人間ならばお金は欲しいが、それで自分の作ったゲームをよそに売ってしまえるのかは分からなかった。


「ヘキサにしても、ノベはいらないけど、『エンゲジ』は成長性あると見て欲しくなったんだろうな。開発者ごとゲットできるならコストも抑えられるし、運営移管もスムーズだしな」


 と久世が補足する。


「なるほどねー。部門ごと移れば、あたしたちも楽だし、会社としても楽なんだなー」

「そういうこと。みんな社長に不満あったし、これでよかったんじゃないか? 小椋もだいぶ苦しめられていただろ?」

「そうだけど、どうだろうなあ。社長に恨みがあるわけじゃないし。ちょっと可哀想な気もする。自分が作った会社失っちゃうんだよね……」


 脱サラしてまで作ったゲームが大ヒット。順調に会社を大きくしてきたが、交通事故を起こしたため、ゲーム部門を売却。

 苦労して積み上げてきたものがそんなところで崩れてしまうというのは、むなしい感じがする。


「馬鹿言わないでよ」


 木津が呆れた口調で言う。


「社長が失った? 社長の一人勝ちよ。自分のゲームが一番高いときに売り払ったんだから。これ以上においしいビジネスがある? 別に育てた子供を失ったなんて思ってないわ。社長が元証券マンだということを忘れちゃいけない」

「そっか、プロなんだよね……」

「被害者は私たちよ。社長が車通勤なんてするから事故が起きて、ゲームの評価はがた落ち。その上、もうお前たちは不要だと、切り捨てられるんだから」


 文見にも木津の言うことがもっともに思えた。


「だから社長を気遣う必要なんかないの。もともと身分が違うし、ゲームを売ってさらに私たちの給料の何百倍だか分からない金持ちになったのよ」

「うん……」


 急に悔しい気持ちになってきた。

 この一年ずっと社長に振り回されていた。このまま引き続き仕事ができるとはいえ、職場や環境が変わり、引っ越しにもなるかもしれないのだ。


「会社が変わるとき、『馬鹿野郎!』と言ってやらないとな」

「おうおう! みんなで言ってやろうぜ! 天ヶ瀬の馬鹿野郎!!」

「今言うの!?」


 本当の不幸を文見はまだ知らなかった。

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