13章 楼閣の瓦解
第48話
「ヒロイックリメインズ」はまさに好調そのものだった。
初日にセールランキング1位を記録し、一週間経っても10位前後に居座り、「エンゲージケージ」を上回る売り上げとなる。
社員の苦労も報われたというものである。
ボーナスもがっぽり出るという話で社員は、代休を取りつつ、どんな贅沢をしようか期待を膨らませていた。
文見は次のアップデート準備があったので代休は取れなかったが、残業は控えめにしていた。
「イベント告知のリアルイベント、小椋、コスプレするんだって?」
スクリプトを打っていると久世が話しかけてきた。
「は? なにそれ?」
「さっき、衣装届いてたぞ。ヒロインのメイ。めっちゃ再現度高いぞ!」
「聞いてないんだけど……」
その時点で予想がついてしまう。
社長が文見に確認することなく、業者にコスプレ衣装を発注したのだ。
メイはヒロインとあって万人受けする美少女。制服に近いような可愛らしい服で、誰もがミニスカートに目が釘付けとなる。
着やすい服ではあるが、文見は普段もコスプレでもスカートをはかない。幸い露出はそこまで高くはないが……。
「絶対着ない」
「えー、着てよー! 絶対バズるって!」
「バズらんでいい!」
道成にコスプレ写真を保存されていたことを思い出す。
あれがさらに大きい規模で発生するかと思うと、かなり激しい拒否反応が起こる。
そして社内での反応はかなり怖い。オタクの門真から意味の分からない追及は受けそうだし、生駒からは「ブスがそんなのを着たら逆効果です」と正論を言われそうだ。
「小椋さん、ちょっといいですか……?」
そんな話をしていると、門真が真っ青な顔で言ってくる。何かトラブルがあったんだろうか。
「これ、社長ですよね……?」
門真はスマホ画面を文見に見せる。久世も覗き込んでくる。
そこにはひしゃげた高そうな赤い車。その横には黒いスーツを着た男性。
「事故?」
「たぶん。今、SNSに上がってたんですが、やっぱ社長ですよね……」
ずきっと胃が痛む。
写真が不鮮明で顔は識別できないが、外見はよく社長に似ていた。
確かに車にも見覚えがあった。この秋葉原で見たものだ。
門真がスマホを操作すると別の写真になり、転倒した白いワンボックスカーが写っている。それは側面が大きく凹んでいた。
「どうやら隣町の交差点っぽいですね。信号無視らしいんですが、飲酒運転、居眠り運転って話も出ていて……」
これには絶句してしまう。
昨今、飲酒運転は大きな社会的な問題になっていて厳罰化されたばかりだ。それを自分の会社の社長がやったとなれば、どれだけ大きな話題になるか。
あおり運転でモザイクのかかった人が意味不明なことを叫んでいるニュースを何度も見たことがあり、それが頭によぎる。
そのSNSでは、モザイクなしで顔が出てしまっているのは非常にまずい。今の時代、すぐに顔が調べられて誰が事故を起こしたのかバレてしまう。
それが報道に知られたら、社名を出して全国に放送されるかもしれなかった。
「やばい……」
「まずいな……」
「どうしよう……」
文見たちはそれしか言えなかった。
この一年で何度も、社内におけるバッドニュースを聞いてきたが、これを越えるニュースは一生で何回もないだろう。
社長が起こしたことは社員がどうすることもできなかった。
今日、社長はコラボ先と話をしてから出社する予定になっていた。しかし、もうその時間を過ぎている。
待てども待てども、連絡すらなかった。
「今日は早く帰ってください」
しばらくすると村野が全社員の前で言った。
どうして早く帰らないといけないかは説明がない。だが社員も空気を察して、その理由を聞くことができなかった。
何も言わないということは、そういうことなのである。
文見は久世と木津と一緒に会社を出た。
「大丈夫なのかな……」
「ダメでしょ」
即答したのは木津。
「どう考えても事故ったのは社長だし。寝不足で赤信号無視して突っ込んだに決まってる」
「なんかの間違いがあるかもしれないじゃない」
「あったら、間違いだって社長が言ってるわ」
まさにその通りである。
交通事故を起こした疑いがかけられ、無実であるのならば、社長が出社して皆の前で言うはずだ。
会社に来ていないのは、警察に逮捕されているからに違いない。
「俺たちが考えても仕方ない。同期で、ささやかな打ち上げでもしようぜ!」
久世が言う。
「ヒロイックリメインズ」は無事にリリースされたが、会社としてプロジェクトとして売り上げをしていなかった。リリースに間に合わせるために、実装を諦めたものも多く、これからのアップデートに備えて忙しかったからだ。
久世の言う通り、自分たちにやれることはなかったので、三人はいつもの居酒屋に行った。
何とかリリースできたものの、社長の思いつきのせいでこの一年苦しめられたので、案の定、社長への文句大会になっていた。
「あ、これマジでまずいかも」
スマホをいじっていた木津が言う。
「なになにどうしたの?」
だいぶお酒を飲んでいるので、文見は面白がって木津のスマホをのぞき込む。
それは動画だった。
どうやらドライブレコーダーの映像で、交通事故の前後を映したもののようだ。
「えっ……あっ……」
酔いが一気に冷めるのが自分でもよく分かった。
それは社長が起こした事故映像で間違いない。
「これ、出回ってるの?」
「取り返し付かないレベルでね」
「なに? 俺にも見せてよ!」
久世が木津の横に来て、三人してスマホの動画を注視する。
信号が青になり、撮影者の車が前の車に続いて前進する。そのとき、横から信号無視をしたと思われる赤い車が飛び出してくる。すごい音がして、前の車が文字通りに吹っ飛ばされて、画面外に消えていった。
「えぐっ……」
赤い車からスーツの男が出てくる。車が飛んでいったほうに走りよって、何か言っているようだった。
高そうなスーツ、いつも社長が外で仕事をするときにつけている赤いネクタイだった。
「絶対、社長だ……。これ、音声ないの?」
「ないけど、投稿者によると『何飛び出してんだよ! 信号見てんのか!』って叫んでたって」
「ちょっ……」
明らかに悪いと思われるほうが暴言を吐いている、という構図だった。
真偽は分からないが、そうキャプションがついていると信じてしまいそうだ。
「なんでそんな犯罪者みたいなこと言うんだろ……。あの社長が? 信じられない」
「プライドが高いからでしょ? 誰にも怒られたことがないから、すぐ顔真っ赤になるのよ」
「うーん……。考えられなくもないけど……」
「あっ、やばっ」
木津はその動画が投稿されたSNSを操作していたが、新しい返信が追加されていた。
「『そのドライバー、ノベルティアイテムの天ヶ瀬社長じゃね?』だって……」
それには「ヒロイックリメインズ」でインタビューを受けていた天ヶ瀬の写真が添付されている。
三人は完全に言葉を失ってしまう。
お互い顔を見合わせて何か言おうとするが、すぐにやめてしまう。言ったところでどうにもならないという結果が見えているからだ。
それぞれそ情報が正しいのかスマホで調べ始める。というより、もっとひどいことになっていないか、怖いもの見たさで調べてしまう。
「あー……やばい。やばいしか言えないけどやばい……」
久世がのけぞりながら言う。
「どうしたの?」
「『ヒロクリ』と『エンゲジ』の☆すげー下がってる」
「うわっ……。『社長が犯罪者』『人殺しのゲーム』って……。あれ、この事故ってどうなったの? 被害者の方は?」
文見の問いに木津が答える。
「警察の発表によると、奇跡的に命に別状はないみたいよ。幸い、社長は人殺しじゃないわね」
「言わないで! 社長と決まったわけじゃないし!」
「どう見ても社長だし、それに世の中は社長がやったってことにしてるわ。もう確定ね」
「おいおい。もっとやべえぞ!!」
久世がスマホを見ながら叫ぶ。
「Googleマップ、会社の評価欄にも書き込まれてる! 『社長が人を殺す会社』って。他にもどんどん増えていってる!」
文見も木津も顔が青ざめていく。
誰もGoogleマップの評価欄を見ないと思うが、最悪の場合、出社時に暴言を吐かれたり、嫌がらせをされたりするかもしれないと思ったのだ。
そしてそれが半永久的に残り続けると思うと恐怖だった。
昔は建物の壁にスプレーで暴言を書き付けたのだろうが、今は誰でもネットでこうして簡単に書き込むことができてしまう。
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