第43話

「あ……終わった……」


 一難去ってまた一難、今度こそ万策尽きた。これまで文見たちはできる限りのことをしてきたが、もはや手を打てない事態になる。

 始めから懸念していたが、すべての音声データがリリース日に間に合わないことが確定したのだ。

 文見が禁じ手を使ったこともあり、収録を早めることができたのだが、まだ収録日すら決まっていないキャラが何人もいた。

 文見はこれが判明したとき、何か打てる手はないかといろいろ思考したが、「ないものはない」という状況でどうしようもなかった。


「うっ……」


 手の打ちようがない事態に胃がひどく痛む。

 トラブルが起きたのを黙っているわけにはいかないので社長に報告する。

 ちょうど社長は出社していた。


「すみません、一部のキャラは音声データの納品が間に合わないようです……」

「間に合わないって……」


 どうするつもりだよ!

 と怒鳴りたいのだろうが、社長は押し黙る。

 明らかに怒っていたが、上司として社長としてそれを表に出さないようにしていた。


「申し訳ありません……」


 こういう事態になることは何度も報告していたが、社長は気にかけてくれず、ここまで来ている。理不尽と思いながらも、文見は謝ることしかできなかった。

 「リリース延期になったりしませんか?」と最終手段を聞きたい気持ちでいっぱいだった。他パートもかなり遅れていて、7月27日リリースは絶望的と聞いていた。別にシナリオ班だけ大きいトラブルを起こしたわけではないのだ。

 だが失敗している人間が言っていいことではない。


「会議室いこう」


 内容が内容なため、天ヶ瀬は会議室に誘う。

 文見には、会議室が懺悔室か懲罰部屋にしか思えない。拒否などできるわけもないので、死刑囚の気分でとぼとぼと歩き出す。


「社長、スケジュールなんですが」


 そこにメインプログラマーの八幡が声を掛けてきた。


「あとでいいかな。重要なことがあるんだ」

「いえ、その件です。メインキャラだけリリース時に音声を入れて、それ以外はいったん全部入れない。全音声が撮り終わり、リリースしばらくしてから、サブキャラ音声を組み込むのはどうでしょう?」


 どうやら連れさらわれる文見に、八幡は助け船を出してくれるようだった。


「撮った音声を使わないと?」

「はい。音声あるなしで差が出ると違和感がありますが、それがメインとサブで完全に分けてしまえば、ユーザーはそういうものだと思ってくれます。また、あとでサブキャラも全部音声が入るならば、それはアップデート内容として喜ばしいものと思ってくれるはずです」

「ふーむ。なるほどな……」


 天ヶ瀬は顎に手を当ててうなずく。


「ベストではないが、背に腹は代えられないか……。それでどうだ、小椋?」

「はい! それならいけます! メインキャラは全部データそろうと思います!」

「そうか。じゃあ、それでいこう。八幡、あとは頼む」


 天ヶ瀬はそう言うと社長席に戻っていく。


「八幡さん、ありがとうございます!」

「無理なのは前から聞いていたからな」


 音声収録を早くやらないと音声データが間に合わない、というのは、社長やプロジェクトメンバー全員に共有されている。

 メインプログラマーの八幡は全パートを束ねるポジションになるので、自分の仕事だけを守ろうとするのではなく、どこのパートのこともよく気遣ってくれる。本当に頼りがいのある人だった。


「一応助け船を出してみたが、それで本当に大丈夫か? メインキャラの声優は予定取れないと聞いたが」

「はい、スケジュールは押さえてます。データもすぐ納品してもらえるようにするので、マスターのときには間に合います」

「よし。それじゃこっちは音声をあとから追加しやすいようにしとく。メインキャラとガチャキャラだけ音声ありで、あとはなしだな」

「はい! お願いします!」


 八幡は簡単に言ってみせるが、この時期にやるようなことではなかった。

 音声に合わせて3Dモデルの口を動かすシステムになっているため、そこで音声がないと機能しなくなってしまう。完成したものをそのまま出すならいいのだが、中途半端なものを出すのは逆に大変なのである。

 組み込みをチェックする人も、どのキャラの音声あるのが正しく、なくても構わないのか、判別できなくて困ってしまう。そこでバグレポートが上がると、さらに混乱が広がってしまうのだ。


「八幡さん、ほんとすごい人だな」


 自分もいつかあのぐらい頼りになる人になりたい、と文見は思う。

 でも配慮も知識も技術も、人生経験もまだまだ足りない。


「あたしも頑張らないと」


 プロジェクトはまだまだ気が抜けないが、この会社もまだ捨てたもんじゃない。頼れる先輩や自分についてきてくれる後輩がいれば、なんとかやり遂げられる気がした。

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