11章 ギリギリバトル
第41話
「うわっ、小椋ひどい顔じゃん」
文見は寝不足でだるい体を引きずって、久世の席を訪ねていた。
「久世もたいがいだよ……」
久世は空いている椅子を文見に差し出す。
納品された音声データをすぐに組み込むための仕組みをプログラマーに依頼することになり、その担当は同期の久世に任されていた。
文見も寝不足が続いていたが、久世もだいぶ疲れているようだ。
いつも元気に軽口を叩いてる久世も、最近は目が死んでいて、精気が感じられない。前に飲みに行ったときよりも痩せているように見える。
「まあ、こうして両タイトル掛け持ちなわけで」
「『エンゲジ』大丈夫なの? イベントで炎上してたじゃん」
「一応、大丈夫って言えるかな? 社長はもう割り切って、しばらくシステム自体は流用でいくんだと。新仕様入れないなら、プログラマーの俺の出番なし。ラッキー!」
「へえ……。それでいいんだ?」
「批判はあったけど、なんだかんだでユーザーは戻ってきてくれたからな。売り上げもそこまで影響出てない」
「ならいいんだけど……」
「エンゲージケージ」はノベルティアイテムの貴重な収入源。少しの炎上でだいぶ売り上げが下がってしまう。その上下の幅は大きく、ユーザーが課金したいかの気分次第で、今さらながら、1タイトルに会社の命運を懸けている状況は危険だと気付く。
「ヒロイックリメインズ」で大勢の人数を雇えるのも、「エンゲージケージ」の売り上げがあるからで、「エンゲージケージ」がダメになっては困るのだ。
「それで、音声に合わせて自動で口パクさせたいんだっけ?」
「そうそう、リップシンクってやつ。音声が納品されたらゆっくり調整しようと思ったんだけど、今回はかなりぎりぎりになりそう。自動で合わせてくれたりしないかな?」
「リップシンクやめたら? 『エンゲジ』はやってないし」
「いやあ、それも社長には言ったんだけど、口パクしないなんて今時のゲームじゃないからって……」
「おいおい、スケジュール見てるのか……?」
これも社長が現場を理解してくれない案件である。
志高く、ゲーム内容をリッチにしたいのは分かるが、それを許してくれる時間的な余裕がなかった。
静止画のキャライラストにセリフメッセージをつけただけではしょぼくて、よく紙芝居と揶揄される。ヒロイックリメインズではそれより進化していて、汎用的なモーションをつけた3Dモデルキャラに、セリフメッセージをつけ、そこに音声も載せる形になる。
だが口が閉じている状態で音声を流しても違和感がある。音声が流れているときに適当に口をパクパクさせるのは簡単だが、人間は口の動きを見て、なんとしゃべっているのか補って認識するので、できれば自然な口の形をしているほうがスムーズなのだ。
「なんとかなりそう?」
「たぶんな。いいミドルウェアがあるから試してみるわ。ライセンス料かかるだろうけど、それはいいんだよな?」
「うん。いい意味でも悪い意味でも、ちゃんと動いてれば文句言われない」
「ははは。お金があるのはいいことだな」
ここでもケチれと言われたらたまったものじゃない。ガチャマネー、様さまである。
「できるだけ楽できるようにしてみるわ」
「よかった、久世が担当で」
「今度なんかおごれよ」
「いや、これ、仕事だから!」
「冗談だってー」
余計な仕事を増やして申し訳ないと思うが、文見はプログラム知識がまったくないので、こういった仕事は他人を頼るしかない。
今はみんな死にかけた顔をしているので、相手が同期だから頼みやすくて非常に助かった。
「……にしても、ぱーっと遊びにいきたいもんだな」
「うん……。リリースされたら長期休暇とって、みんなで遊びにいきたいね」
「海か? 海だな!? ああ、そりゃ楽しみだ! 木津はどんな水着なんだろー!」
「あたしは興味なしかい!」
「ぺったんこは専門外なんで!」
「死ねっ!」
泣いても笑ってもあと二ヶ月。死ぬ気でやるしかない。
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